正月の不幸な事故をなくしたい
中村さんは、なぜ"おかゆ大福"を作ろうと思ったのか。
正月になると毎年必ずと言っていいほど、餅をのどに詰まらせた高齢者が死亡するニュースが流れる。中村さんの大叔父(当時95)もその一人で、2013年の正月に雑煮の餅を喉に詰まらせて亡くなったのだ。
一般的な大福は、もち米で作られた餅で餡を包む。もち米は粘稠度が高く、伸びる。しかし、温度が下がると硬くなる性質がある。お皿の上では柔らかい餅でも、口に入れて温度が下がると急に粘着度が増す。そして餅どうしや喉の粘膜に貼り付きやすくなる。
特に高齢者は、噛む力が弱くなるため小さく噛み砕けない。また、唾液の分泌量が減ってスムーズに飲み込めず、窒息しやすくなる。2018~2019年の2年間を分析した消費者庁のまとめによると、65歳以上の高齢者661人が餅による窒息事故で死亡した。発生件数は1月の282件(全体の43%)が最も多く、うち127件が元日からの3日間に起きた。年齢別では80代の高齢者が半数を占めた。
一方、おかゆ大福は家庭で食べられているご飯、うるち米が原材料だ。もち米は一切使用していない。うるち米は伸びる性質がないので、噛み切りやすく、喉に詰まりにくい。中村さんはこの性質に着目した。一般的な大福という概念にとらわれない探究の先に「おかゆ大福」が生まれた。その軌跡を本稿でたどる――。
反発心を抱いた少年時代
1960年、三重県で生まれた中村さんは小、中、高の学生時代を地元で過ごした。両親と妹2人、祖母も一緒に店を切り盛りしていた。父と職人たちが店の裏で和菓子を作っていたのを見て、中村さんも遊びのなかで自然にまねていた。
「学校の砂場で泥を丸めたり、そんな手作業がおもしろくて好きでしたね」
和菓子は、贈呈用として買い求める客が多く、お盆やお歳暮などの時期はかき入れ時となる。そのため長期休みに家族で出掛けた記憶はない。しかし読書好きの中村さんは、休みになるとずっと図書館にこもっていたので、家業に不満を持ったことはなかった。