論理的思考の持ち主にも「認知バイアス」はある
その後の著書『行動経済学の逆襲』で、セイラーは、100点満点の72点と137点満点の96点を比べると前者のほうがよい成績なのに、後者を選ぶ彼のビジネススクールの学生のエピソードを取り上げている。同じように、学生は72点を選べば成績が「A」になることを知っているにもかかわらず、数値としての低い点数を嫌う。学生たちは「90」とか「100」という点数を見るほうが幸福に感じるのだ。
そのような「非合理」な嗜好は、合理的な行為者に関する古典的な前提条件では受け入れがたいように思われるだろう。学生たちは、非合理な個人、つまり「期待外れの行動」をする人物に見えるだろう。しかし、彼らはおそらく、アメリカで最も論理的な、ビジネスマインドを持った新進気鋭の若者たちだったのだ。
セイラーの学生の中には、投資家になった者もいたことは間違いない。そこに至るまでに、学生たちはもっと洗練されていたはずである。それでも、非合理な認知バイアスが彼らの中に残っていたとしても不思議ではないのだ。
セイラーは、さらに投資家について次のように指摘する。
「損失への恐れ(および短期的な思考に陥りやすい傾向……)は、リスクテイキングを阻みかねない」
ポートフォリオの点検は年に1回まで
キャサリーン・エルキンスは、人々がそうした失敗を犯さないためにセイラーの助言を要約した。
「株式を中心に、さまざまな投資対象を組み合わせるようにし、ポートフォリオの点検は1年に1度に限り、ニュースを追わないこと。いったん投資したら放っておきなさい」と。
多くの人々にとって、これは耳に響くほど簡単ではないかもしれない。しかし、もしテレビを見ていて株式市場が3%下がっていたらどうなるだろう? 多くの人は電話に飛びついて損失を止めようと株を売り始めるのではないだろうか。セイラーによると、これこそまさにやってはいけないことなのだ。
「テレビのチャンネルを替えなさい。さもなければテレビを消すのだ。株を買ったらほとんど動かず、あとは気にしないという私の怠惰な戦略はこれまでうまくいきました」と彼はフィナンシャル・タイムズ紙に語っている。
バフェットはバークシャー・ハサウェイの2014年年次報告書で同じような助言を書いている。
「市場ではいつ何が起きるかわかりません。どんな助言者も、エコノミストも、テレビ・コメンテーターも、そしてもちろんチャーリーも私も、混沌がいつ起きるかを言い当てることなどできません。市場予測の専門家はいろいろな情報であなたの耳を満たすでしょうが、あなたの財布をふくらますことはできないのです」