「24時間テレビ」司会が欽ちゃんになったワケ

萩本は、当初難色を示した。というのも、すでにラジオのほうで同様のチャリティ番組に出演していたからである。ニッポン放送の『ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』。毎年12月24日、クリスマスイブの正午から翌日にかけて24時間生放送のチャリティ番組である。

目的は、視覚障害のある人のための音の出る信号機を設置すること。「通りゃんせ基金」と名づけられ、募金が番組内で呼びかけられる。萩本欽一は、1975年から始まったこの番組のメインパーソナリティーを務めていた。

またこの頃の萩本欽一は、競馬はする、女の子のお尻は追っかけ回すなど「悪いこともそうとうしてた時期」と本人が振り返るほど。お世辞にも品行方正とはいかず、だから自分は相応しくないと思っていた(『なんでそーなるの!』187頁)。