Google Earthの衛星写真に“裏切られる”楽しさ

そして2018年、登山家としてのキャリアを大きく飛躍させる機会を得る。世界的登山家の花谷泰広氏が主催するヒマラヤ遠征チーム(ヒマラヤキャンプ)に加わったのだ。花谷さんは、世界で特に秀でた冒険を成し遂げた登山家に与えられるピオレドール賞を、2013年に受賞している憧れの存在だ。このヒマラヤキャンプは、次代を育成する目的で若き登山家を集め、ネパールの未踏峰に挑むというものだった。

齊藤さんらが向かったのは、標高6265メートルのパンカールヒマールという未踏峰だった。目の前には、世界第8位の高峰マナスルがそそり立っていた。

「未踏峰に挑むというのは、ただ単に頂上を目指すということではありません。世界最高峰のエベレストなどはネットで調べれば、YouTube動画など膨大な情報が出てきます。しかし、未踏峰には、まだ誰も見たことのない景色が待っているということ。地図や写真には載っていない未知への期待が、登山家としての自分を駆り立てたんです」

パンカールヒマールへのパーティは、花谷さんを含めて6人とシェルパ達。当初は難易度の高い左ルートを選んだが、セラック(氷塔)帯に阻まれて断念する。一旦、下山して右ルートに変更し、4日かけて一気に登頂した。

パンカールヒマール登頂
写真提供=本人
パンカールヒマール登頂
鵜飼秀徳『仏教の未来年表』(PHP新書)
鵜飼秀徳『仏教の未来年表』(PHP新書)

「事前にGoogle Earthなどの衛星写真などを使って、想像力を働かせながら挑んだのですが、ことごとく裏切られるんですよ。データに裏切られる楽しさがありましたね。必死にもがいて登頂し、そこで見たのが、人類史上初めての景色。そして目の前にそびえるマナスル。マナスルも、日本人が初登頂しています。ヒマラヤの高峰は肉眼で見るとやっぱり全然違うんですよね。そして、空を見上げると、深い紺色なんです。すぐそこに宇宙を感じられるんです。アタック中は何度も自分の限界を感じましたが、その先にある未知の風景を見るためには、どんな苦労も惜しくはなかったです。最高に感動しました。パンカールヒマールから戻った自分は、未踏峰登頂をライフワークにしていきたいという思いを、一層強くしました」

現在、ヒマラヤには未踏峰が100座以上存在する。ネパール政府は、外貨獲得手段として、未踏峰登頂を援助しているという。

齊藤さんは、未踏峰という未開の地に立つことで、大自然の中での人間の儚さを思い知る。そして、仏教の教えである「無常」の意味を体感したという。

「登山は仏教の修行に似ていて、自然の中で自分を見つめ直す機会を与えてくれます」