1人では手にできなかった「貴重な残り時間」

その3年後には大腸がん。4回目のがんで迫ってきた墓石は腹腔鏡下手術で押し返しました。

さらに4年後には肺がん。今度は胸腔鏡下きょうくうきょうか手術で押し返すことに成功しました。

墓石を押し返すと、その分だけ自分の持ち時間が伸びるわけです。ウォーキングで体力をつけるのも、日々少しずつ墓石を押し返しているのです。そうやって少しずつ墓石を押し戻しながら日々を送っています。

その結果、いつの間にか、治療から1年経ち、3年経って、そして再発率が大きく下がる5年という節目を、それぞれのがんについて越えてきたというように感じています。

医師、看護師、ドナーさんなどいろいろな方に一緒に墓石を押し返してもらったおかげで手にした、貴重な残り時間です。感謝しながら大切に生きなければいけないと思っています。

「もっともっと」で幸せに近づけるか

ベンチャー企業の経営者だったころの私は、もっと売上と利益を増やし、もっとお客様を増やし、もっと社員を増やし、もっと給料を増やし……というように、「もっともっと」の人生でした。

ベンチャー企業の経営者だったころの高山さん
写真提供=高山知朗
ベンチャー企業の経営者だったころの高山さん

もちろん資本主義の世界で会社経営をしていく上で、これは間違ってはいません。特に若い会社には、成長志向は必要な要素です。

でも個人にとって、「もっともっと」を続けることが幸せに近づく道だとは限りません。物質的な世界の欲望は際限がないからです。

車を買えば、次はもっとグレードの高い車が欲しくなる。目指していたものを手に入れても、その満足感は長続きせず、すぐにもっと上が欲しくなります。

物質的な欲求には際限がなく、いつまでも満足できないのです。収入が2倍になっても、幸福感は2倍にはなりません。

それは、いつまで経っても幸せになれないということです。

さらに、もっと稼ごうと仕事で上を目指し続けるということは、責任とストレスも増え続けるということです。

私はそうした人生を送っていたさなか、海外出張中にスイスの空港で倒れ、最初のがんである脳腫瘍が見つかりました。まさに、新しい取引先と新しいビジネスの打ち合わせをした帰り道でのことでした。