オレンジ色の目立つ装丁、いろいろなものをぶら下げた人のヘタウマな絵、かみ合わない2つの単語。まったくわけがわからずに本書を手に取る人も多いだろう。サリンは言わずとしれた猛毒の神経ガス。おはぎとは、この本の著者である、さかはらあつしさんがプロデューサーとして加わってカンヌ国際映画祭の短編映画賞をとった映画の名前だ。さかはらさんにとって、2つの言葉はそのまま2つのターニングポイントであり、風変わりな半生の象徴になっている。
さかはらさんは15年前に起こったオウム真理教による地下鉄サリン事件の被害者だ。そのことがさかはらさんの人生を大きく変えたのはまぎれもない事実だが、本書を読むとサリン事件に遭遇する前から相当「変わった」人であったことがわかる。
どん底の成績から4年もの浪人生活を送って京都大学に入学したり、京大に来ていた外国人留学生たちを束ねて学園祭で荒稼ぎしたり、傍目にはハッタリにしか見えないようなアプローチで面接に臨み、大手広告代理店入社の狭き門を突破したりと、何もかもが型破りである。
そうしてせっかく入社した大手広告代理店。だが、地下鉄サリン事件を経て自分の人生を見つめ直したとき、さかはらさんは退社を決意する。
現在はサリンの後遺症に悩まされながらも、自殺した親友との約束を果たすため、はるか遠くに見える“オスカー像を獲れる映画”を目指して映画製作の手法に磨きをかける日々だ。
さかはらさんの生き方を説明するのにふさわしいのは、本書では軽く触れられるだけの「ターンパイク効果」かもしれない。経済用語で、A地点からB地点に向かう際、一見遠回りに見えるルートが実は近道であることを指すこの言葉が、我慢強く夢をかなえる姿とだぶるからだ。
大きな困難に向かっていく話をしているはずなのに、さかはらさんはいつも底抜けに明るい。将来、このポジティブさで回り道の末に夢をつかんでいそう――。そう思わせる笑顔だ。