「意識は稲妻、舌は蝸牛(カタツムリ)」――かつて文豪開高健が、思考の速さに舌がついていかない著者の姿を見て、贈った言葉である。
著者は、「週刊プレイボーイ」で柴田錬三郎、今東光、開高健の人生相談を担当し、「PLAYBOY」の編集長や集英社取締役などを歴任した伝説の編集者だ。
本書は、「子供たちが将来いい生活が送れるように親は何を心がけたらよいでしょう?」「自慢話の多いナル系上司がウザったくて」といった読者の質問に著者が答える形式になっている。男女関係についての質問には、「浮気をしない男は絶対にいない」「新しい男と愛欲にまみれなさい」と、赤裸々で本音の回答をする。著者の性道の師匠である御年96歳のスーパー長老が、46歳の女性を虜にする手管も詳述されているので、「プレジデント」の読者にも大いに参考になるかもしれない。
著者自身はかつて7人の女性と同時進行で付き合い、「女性と飯を食ったら必ずやるもんだと思っていた」そうである。「あんなこと書いて、奥さんに怒られないんですか」との問いには、「我が愚妻の唯一優れた点は、わたしの物書きとしての才能を一切認めず、わたしの書いたものをまったく読まないことである。もし読んでいたら、さすがのわたしも書けない」。
あけすけで痛快な回答の随所に、ぞくりとする逸話がちりばめられている。広尾のマンションに住み、有栖川公園で乳母車を押し、明治屋で買い物をする生活に憧れる女性に対しては、今東光大僧正の母親が今氏の弟の日出海氏を背負って、トーマス・ハーディ(英国の作家・詩人)を原書で読んでいたエピソードを紹介し、これこそ格好いい母親の姿ではないかと述べる。
本書のもう一つの読みどころは、知られざる文豪たちの素顔だ。銀座のフランス料理店が著者のボロ傘を失くしたところ、一緒にいた今東光氏が「わしのはロンドンで買った柄がヒッコリーの傘や。シマジ、君のはバーバリーやったな」と大嘘をついて、松坂屋の高級傘を巻き上げた話や、「週刊プレイボーイ」の人生相談コーナーを引き受けるべきかどうか真剣に悩む開高健の姿などが描かれている。
著者は一昨年11月に、10年勤めた集英社インターナショナル代表取締役を辞し、作家に転じた。当初、パソコンを打つスピードが思考についていかない「意識は稲妻、指は蝸牛」状態だったそうである。いずれ小説を書く予定なので、伝説の編集者から伝説の作家に変身する日も遠くないかもしれない。