職場にこんな人はいないだろうか。
「キミ、ノリが悪いね。そんなんじゃみんなに嫌われちゃうよ」と、親身になって心配してくれる。自分の暗い過去も明るく話せる。二次会はもっぱらカラオケに行きたがり、誰もが知っているJポップを朗らかに唄う。
ひょっとしたら、その人は「ウツになりたい病」なのかもしれない。
臨床心理士の植木理恵さんは従来のウツ病の典型にあてはまらない「ウツになりたい病」「ウツもどき」とも呼ぶべき患者に接する。患者本人は「つらい気持ちを正直に表現したい」と考えているが「もしそうすると、仲間から疎外される」という恐怖に襲われる病だ。
「(従来の)ウツ病の人は、自分が病気であることに否定的でカウンセリングをすっぽかし、ウツ病と向き合うことを逃げる傾向にあります。一方で、『ウツもどき』の人は、ウツ病のフレームに自分の精神を意識的、非意識的に流し込むところがあり、治療にも積極的です」
100万人を超えたウツ病患者(2008年厚生労働省患者調査)。植木さんが相談を受ける人の6割にも達するこの「ウツもどき」の人たちに、薬物治療はほとんど効果はない。「暗くてもいいんだよ」「憂鬱な気分になるのは当然だよ」と素直にネガティブな感情を認めてあげることが、治癒につながる。本書では、精神疾患をいかに治すかという個人レベルの解決方法にとどまらず、社会現象としての「ウツもどき」が指摘されている。
「『明るい人格』への要求は強まる一方です。10年前の小学生が友人に求めることは『優しさ』でした。しかし、いまは『笑いがとれる』ことまで必要です。社会的に追い詰められている人がどんどん増えています」
職場で明るく振る舞うことを強制され、「疲れた」などと、スキを見せることは許されない。仕事が終わってからも、二次会にでることが「時間のムダ」であるとする啓発本があふれ、仲間内で行くのがロクに会話もできないカラオケでは、自分のネガティブな真情の吐露をする場所がない。これでは「ウツになって楽になりたい」と、甘えたくなる衝動に駆られるのも無理はない。
「精神医学の世界では、ポジティブな気分が75%、ネガティブが25%ぐらいの精神状態が健康とされています」
本書を読めば、100%のポジティブを要求される現代人特有の「心の痛み」も治癒するのではないだろうか。