ギリシャの財政破綻問題がユーロ圏の屋台骨を揺るがして久しい。

くろき・りょう●1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒。カイロ・アメリカン大学大学院修士。銀行、証券会社、総合商社勤務を経て作家となる。『トップ・レフト』『排出権商人』『巨大投資銀行』『エネルギー』、箱根駅伝に2度出場した体験を描いた『冬の喝采』など多数の著書がある。
黒木 亮●くろき・りょう 1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒。カイロ・アメリカン大学大学院修士。銀行、証券会社、総合商社勤務を経て作家となる。『トップ・レフト』『排出権商人』『巨大投資銀行』『エネルギー』、箱根駅伝に2度出場した体験を描いた『冬の喝采』など多数の著書がある。

ギリシャ問題は、格付け会社が同国の国債格付けランクを大きく引き下げたのが発端だが、この格下げの動きがスペインやポルトガルにまで拡大するに及び、改めて「格付け会社」が一国の経済をも沈没させる存在として注目されている。

小説『トリプルA』は、ロンドン在住のリアルフィクション作家・黒木亮氏による格付け会社の内幕を描いた労作である。

黒木氏がこの小説を手がけた動機はある金融関係者からの次の一言だったという。

「格付け会社が、最近は営業に走り、必ずしも中立的な格付けをしていない。いずれ金融市場にマイナスの影響を与えるよ」

格付けとは、債券などの元本や利息を発行体(政府、企業、自治体など)が償還まで予定通り支払えるか否かの信用度を一定の基準に基づいて符号で示すもの。いわば国家や企業の財務の「通信簿」にすぎないのだが、資金調達を行う際の政府や企業にとって、このお墨つきは不可欠なものだ。

では、格付け会社が営業に走るとはどういうことなのか。

「格付けには発行体から依頼を受けて行う“依頼格付け”と、依頼を受けない“勝手格付け”の2種類があるのです」

米国で格付けが始まった20世紀初頭には勝手格付けが主流だったが、1960年代以降からは依頼格付けの比重が高まったという。格付け会社といえども民間企業であり、収益競争は激しい。年間数百万円といわれる依頼格付けの仕事を得るために、依頼主に高い格付けを与えるという事態も起こりかねない。そうなれば、格付けの客観性は失われることになる。

『トリプルA』(上・下)黒木 亮著 日経BP社 本体価格各1700円+税

黒木氏が、新聞連載で本格的に取材を開始したのが2007年の2月。その後3年の月日をかけて書き上げた。

「リーマンショックは、いかなるメカニズムによってあのような大津波になったのか、自分でも解き明かしてみたかった。格付け機関の中で何が起きているのか、日本人として当然知っておくべきだと思ったのです」

小説では、巨大格付け会社のアナリストとして勤務する人物たちが、中立性保持と収益力確保との狭間で日々葛藤する様が、実際に起きた経済事件とともに赤裸々に描かれる。さながら現代の金融史であり、読者にとっては面白くてためになる小説なのである。

ロンドン在住23年目を迎え、永住権も得た黒木氏。朝、金融機関に勤める夫人を送り出した後、洗濯、掃除、皿洗いを終えて、夜8時頃まで執筆する毎日という。

(矢木隆一=撮影)