苦労をかけた相手への敬意は必須

長崎知事は「事実に基づいた議論をして、両県民の理解を得ながら進めることが重要である。きょうをきっかけに両県民の理解が進んでいく」などと述べた。川勝前知事が山梨県のリニア工事に「待った」を掛けたことを強く意識した発言である。大人の対応なのか、あいまいに述べただけであり、当時のトラブルについて、ひと言も触れなかった。それでも長崎知事の「真意」は十分に伝わった。

振り返れば、長崎知事はことあるごとに「もし、山梨県のリニア工事で何らかの問題があれば山梨県で解決する」などとして、「静岡県が口を出すことではない」と不満を漏らしていた。

「言い掛かり」をつけた川勝前知事の退場で、山梨県のリニア工事に関する問題はすべて解決したかのように見えていた。

それなのに、鈴木知事は、今回の視察で、結果的には川勝前知事時代の「言い掛かり」を蒸し返したかのようになってしまった。

川勝前知事を支えた静岡県の事務方の顔ぶれは変わらず、当時のトラブルをごまかすためにあいまいで無難な説明原稿を用意したのだろう。鈴木知事はそのシナリオに沿って発言したようだ。

鈴木知事は「事実に基づいた議論」(長崎知事)を念頭に置いて、川勝前知事時代の誤りをすべて認めた上で、苦労を掛けた長崎知事に敬意を払う、政治家にふさわしい発言をすべきだった。

山梨県と静岡県がこじれた経緯

そもそもなぜ、鈴木知事が山梨県のリニア工事視察に赴くことになったのか。

発端は2年前の2022年10月13日、静岡県が山梨県内のトンネル工事に関する文書をJR東海に送ったことだった。

上り勾配が続くトンネル幅約7メートルの先進坑
筆者撮影
上り勾配が続くトンネル幅約7メートルの先進坑

静岡県境まで距離的に離れていても、トンネル工事で高圧の力が掛かり、静岡県内にある地下の湧水を引っ張る懸念があり、ひいては静岡県内の湧水への影響を回避するために、「静岡県境へ向けた山梨県内のリニア工事をどの地点で止めるのかを決定する必要がある」といった内容だった。

この要望にJRは非常に困惑した。

理論上、地下トンネルを掘削することで高圧の力が掛かり、地下水を引っ張ることはありうる。だがその水量は断層帯がない限り極めて微量であり、さらに締め固まった地質ではそのような現象が起こらない可能性が高い。

そもそも地下水とは動的な水であり、地下水脈がどのように流れているのかわからない。県境付近の地下水に静岡県も山梨県もないことくらい一般常識であり、何よりも山梨県内で、静岡県の地下水の所有権など存在しない。

それなのに静岡県は突然、山梨県内の掘削ストップを求めたのだ。