他県の工事に口を挟む「越権行為」
静岡県の掘削ストップ要求に強く反応したのは、やはり長崎知事だった。
長崎知事は「山梨県の話をするのに、ひと言もないのは遺憾だ」と怒りをあらわにした。川勝前知事はその直後、静岡市で開かれた関東地方知事会議で長崎知事に直接、経緯を説明した。それで、長崎知事も一定の理解を示したが、山梨県内のリニア工事ストップを了解したわけではなかった。
「静岡県内の湧水に影響が出ないよう、山梨県内のリニア工事をどこで止めるのか」という無理難題とも言える要求は、当時、「山梨県駅―神奈川県駅間の部分開業」「2027年開業ができないのは神奈川県の責任」などの無責任な発言を繰り返していたのと全く同じ論法だった。
川勝前知事は、新たなリニア問題を提起して、さらなる混乱を引き起こそうとしたのだ。
専門部会でJR東海は、先行探査を役割とする「高速長尺先進ボーリング(調査ボーリング)」を使い、地層を確認しながら掘削するので大量の出水はありえないと説明した。
ところが、静岡県の専門部会長らは「高速長尺先進ボーリングが破砕帯に当たれば大量出水を招く」などとトンネル掘削どころか、調査ボーリングでも大きなリスクがあると主張した。
2023年に入ってから、川勝前知事は「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」を繰り返すことになった。
川勝前知事の意向に沿って、静岡県は同年5月11日、「静岡県が合意するまでは、リスク管理の観点から県境側約300メートルまでの区間を調査ボーリングによる削孔をしないことを要請する」とした意見書をJR東海に送った。
「静岡県の主張は迷惑千万」
このばかげた大騒ぎに、長崎知事は「山梨県のリニア工事で出る水は100%山梨県内の水だ」と断言した上で、「山梨県内のボーリング調査は進めてもらう。山梨県の問題は山梨県が責任を持って行う」などと強い調子で述べた。
さらに、リニア沿線都府県知事による建設促進期成同盟会総会などで、長崎知事は「企業の正当な活動を行政が恣意的に止めることはできない。調査ボーリングは作業員の安全を守り、科学的事実を把握するために不可欠だ」などと述べ、川勝前知事に山梨県の立場を尊重するよう求めた。
それでも、静岡県は「山梨県の調査ボーリングをやめろ」の主張を取り下げなかった。
このため、長崎知事は6月9日の臨時会見で、「どこそこの水という法的根拠は何か、そもそも静岡の水とは何かを明らかにしてもらう必要がある。長野県、山梨県が源流となる富士川の水の(静岡県の)利用に対して我々も何か言うことはできるのか」などと強い怒りをあらわにした。
これに対して、川勝前知事は森貴志副知事らリニア担当幹部3人を山梨県へ派遣した。
森副知事らと面会したあと、長崎知事は「『静岡県の水』『山梨県の水』という議論は受け入れがたく、迷惑千万なのでやめてほしいと森副知事らに伝えた」ことを明らかにした。
それでも、川勝前知事は「県境のボーリングで水が引っ張られることは間違いない。いわゆるボーリング調査が水抜きということも共通の理解だ。破砕帯で水が出た場合には、それをどのように戻すのか、JR東海が関係者に説明すべきである。ボールはJR東海に投げられている」などと従来の主張を強硬に繰り返した。