「派手で雑な議論」が盛り上がった安倍時代
それは「退屈な政治」の復権の可能性だ。
安倍政権は政治的なイデオロギー的にも保守色が強く、個性を強く打ち出した政策的にも対抗軸が極めて作りやすい政権だった。実際のところはかなり現実路線だった経済政策、安全保障政策も細かい争点をすっ飛ばして、安倍政権を評価するかしないかを大きな争点に反対派も支持派も熱く、派手に盛り上がることができた。
安保法制の成立をめぐって国会前で飛び交ったのは「安倍はやめろ」だったが、退陣したあとも現実に安保法は残っているし、反対した勢力は伸びていない。立憲民主党の代表に返り咲いた野田佳彦氏でも安保法の見直しについて政策転換は現実的なものではない、と語っている。
アベノミクスに賛成か否かなど極めて粗雑な問いであるにもかかわらず、安倍政権を批判する人々からは「あれはおかしい」という声を取材でもかなり聞かされた。しかし、もう少しだけ冷静に考えてみたい。
こんな雑な問いに答えられるだろうか。そもそも、彼らにとってアベノミクスとは何を指すのだろう。
「人々の生活」を守るには経済成長が必要不可欠
ここ30年の日本のように、デフレ下あるいはデフレの兆しが見えた時点でアベノミクスの根幹にある金融緩和を進めることで雇用の改善に働きかけるのは欧州で言えばリベラル、左派のほうが積極的に求める政策だ。経済成長がなければ、人々の生活にとって極めて重要な雇用を守ることはできないことは目に見えている。質のいい雇用があって、はじめて生活水準は引き上げられる。
党内左派を切って、政権を奪還したイギリス労働党のキア・スターマー首相――「退屈な政治」の元ネタでもあり、人権派弁護士から政界に進出した――の言葉は参考になる。
そう、まさに経済成長が重要なのだ。労働党政権もさっそくつまずいているが、まずもって政権を奪還するためには、経済が重要だというのは一つの教訓だ。人権派かどうかはさておき、人々の生活を大切だと語る弁護士が率先して財政タカ派的な発言を繰り返す日本の保守勢力やリベラルとは明らかに異なり、極めて現実な方向に舵を切ったのがスターマーだった。