「電話に出るのが怖い」という理由で退職する若手社員が増えている。公認心理師で産業カウンセラーの大野萌子さんは「私が話を聞いた新入社員は、電話をしているところを同僚に聞かれたくなかったからか、廊下や非常階段に移動して通話をしていた。上司から電話対応を怒られたことがトラウマになり、着信音がなっただけで動悸が止まらなくなるケースもある」という――。(第1回)

※本稿は、大野萌子『電話恐怖症』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

オフィスの電話機の受話器を取る手
写真=iStock.com/anyaberkut
※写真はイメージです

友人への連絡で電話を使う若者は1%しかいない

「電話恐怖症」の人が増えてきた、と言うと、同意されることが多くなりました。

2019・20年度卒の社会人を対象にしたマイナビの調査では、友人と連絡するときに電話を使う人がわずか1%しかいないという驚きの結果が出ています(2020年卒マイナビ大学生のライフスタイル調査)。

ちょうどミレニアル世代(1980年代前半〜1990年代半ば生まれ)に当たる彼らの連絡手段は、LINE、メッセンジャー、ショートメッセージ、ダイレクトメッセージなど。つまり文字ツールが主体です。そこで、私が近年経験した電話恐怖症のケースをいくつか紹介します。いずれも、対象者は対人恐怖症などを含め、普段コミュニケーションに特段の不都合を感じていない人たちです。

ケース1 給湯室から打ち合わせしてきた新入社員

最初のケースは、電話ではないものの、電話恐怖症の人にありがちな心理状態を示す例を紹介します。ある企業と打ち合わせをしているさいに遭遇しました。新入社員の研修の依頼があり、責任者とメールで何度かやりとりしたあと、詳細をつめるために、現場の担当者とオンラインで打ち合わせをすることになりました。

担当者は会社に入ったばかりの新入社員で、新人の立場から次年度の研修をサポートするということでした。約束の時間、その方が私のパソコンにつないできたのですが、背景を見て驚きました。明らかに給湯室だったからです。

電話で話すところを聞かれたくない

私は思わず「そこでお話ができますか? 一度切りますので、デスクに戻られてから、あらためてつなぎますか」と聞いてしまいました。しかしその方は「いえ、ここで大丈夫です」とかたくなです。やむなくそのままミーティングをつづけましたが、おそらくこの方はデスクに戻って周りの人に打ち合わせの声を聞かれるのに抵抗があったのではないでしょうか。

そういえば、以前、出版関係の会社でもこんな光景を目撃したことがあります。ある社員が廊下の片隅にしゃがみ込むようにして、ひそひそと誰かに執筆の依頼をしていたのです。その会社の人に聞くと、新人のうちは、偉い人やいわゆる大御所の人間にアポイントメント(以下アポイント)を取ったり執筆依頼のお願いをしたりするときに、周囲の人に自分の話しぶりを聞かれるのがこわくて、みなオフィスを抜け出し、廊下や非常階段で話をするそうです。

さすがに給湯室でという例は聞きませんでしたが、自分が電話で話している内容を人に聞かれるのがこわいというのは、その会社ではよくあることだと言っていました。デスクにある自分の電話が使えない。自分のデスクで大事な仕事の話ができない。これも一種の電話恐怖症だと思います。