死ぬ危険を冒してまでそんなことをやるのか?

荒木氏は逮捕前に多くのワイドショーなどに出演して、「死ぬかもしれない危険を冒してまで保険金殺人をするわけがない。できるというのなら、お前もやってみろ」などと否定し、無罪を主張した。

だが12月11日、保険金殺人の容疑で荒木は逮捕されたのである。

私も、いくら金が欲しいといっても、死ぬ危険を冒してまでそんなことをやる人間がいるのだろうかと半信半疑だった。

検察側は、車の鑑定で妻の膝に付いた傷と助手席ダッシュボードの傷跡が一致した(運転していたのは荒木氏だったのではないか)。車に付いている水抜き孔のゴム栓がすべて取り外されていた。事件当日の夜、事件現場前の信号機で停まっていた車の運転席に荒木が座っていたとする男性の証言などを上げたが、決定的な直接証拠を出すには至らなかった。

だが、1980年3月28日、大分地方裁判所は荒木被告に死刑を言い渡した。荒木被告は控訴したが、福岡高等裁判所は控訴を棄却して死刑判決を維持。

上告中の1987年に荒木被告は癌と診断されて八王子医療刑務所に移監されたが、1989年に死亡してしまったため、公訴棄却となった。

荒木被告の口から真相が語られることはなく、疑惑だけが残った。

夜の海と月
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2審で逆転無罪になった「ロス疑惑事件」

やはり、自白も有力な物的証拠もなく逮捕・起訴された事件で一番有名なのは、週刊文春が連続追及して話題になった三浦和義氏の「ロス疑惑事件」であろう。

新妻を殺された悲劇の主人公から一転、妻に多額の保険金をかけて殺したのではないかという疑惑が浮上。

1984年に文春が「疑惑の銃弾」というタイトルで連載を始め、他のメディアも後追いした。三浦氏のキャラクターもあって大騒ぎになった。多くのメディアがはやし立て、世論も「なぜ三浦を逮捕しないのか」と騒ぎ、仕方なく警視庁は1985年、三浦氏を逮捕・起訴したのである。

しかも、状況証拠だけで有力な物証も自白もなかったのに1審は有罪になった。

当時私は週刊現代の編集長だった。2審判決が出る前に、「状況証拠だけで有罪はおかしい、無罪だ」と誌面で主張し、その通りに逆転無罪判決。最高裁まで持ち込まれたが、2003年に保険金殺人では三浦氏の無罪が確定した。

私は、事件前も事件後も、三浦氏と何度か会っているが、「保険金殺人疑惑」は“真っ白無罪”なのかといわれれば、100%そうだとはいい切れないものがあったのは確かである。

だが、「疑わしきは罰せず」「たとえ10人の真犯人を逃したとしても、1人の無実の者を処罰しては絶対にならない」は刑事訴訟の基本原則である。