「画一的な治療」ではなく「テーラーメード医療」を

開心術では、確実に機能が15年持つことが実証されている人工弁を使用する。今の日本のガイドラインでは、基本的に80歳以上の人はカテーテルの弁、75歳から80歳はどちらを入れるか議論する。75歳未満の後期高齢者になる前の人は開心術を行い普通の人工弁を入れるほうがいいとされている。

この人工弁には2種類ある。一つは牛や豚などの組織を使って作られた「生体弁」。もう一つは、特殊なカーボン素材で作られた「機械弁」だ。機械弁は耐久性に優れており、半永久的に使用することができる。

ただし、血液が接触すると血栓ができやすいという特徴があり、血が固まるのを防ぐ抗凝固剤(ワーファリン)を、一生を通じて服用し続けなければならない。

「抗凝固剤を服用すると出血しやすい状態になります。脳出血や消化管出血というような入院を要する出血に対して年1%のリスクがあると言われています。100人中1人というのを、多いとするか少ないとするか。

若い人は薬の管理もできるし、組織もしっかりしているからいいかもしれない。でも高齢者には転倒や薬の飲み忘れという心配もあるので、機械弁を全員に勧めることはできません。

高齢化した非常に手術リスクの高い人たちに対して、画一的な治療ではなく、一人ひとりに最適な治療が何かを個別に考えて“テーラーメード医療”をすることが求められるのです」

手術室のディスプレイに映し出される心臓
撮影=中村 治

医療技術は進化を続ける、それでも予防がいちばん肝心

前出の心不全という言葉はしばしば耳にする言葉である。この心不全の捉え方自体が変わってきたと衣笠は言う。

「循環器の世界では、高血圧とか糖尿病といった時期から、もう心不全の予備軍であるという考え方になってきています。病気にならないようにするのが1次予防ということになります。病気になってからそれ以上悪くならないようにするのが2次予防。

高血圧、糖尿病は1次予防の範疇に入る。高血圧などが判明したら早めに介入して、将来心臓がダメになるような病気にならないようにしていこうという考え方なんです」

心臓疾患の主な自覚症状としては、動悸、息切れ、乱脈、足のむくみなどがある。自覚症状がでるのが遅い傾向があり、多少の症状があっても年のせいだと思い見過ごされることも少なくない。隠れた病気の見落としを防ぐためには、やはり定期的に検診を受けるということが重要になってくる。

最近注目されているのが、「Apple Watch」のアプリでの不整脈検出だ。普段身につけるガジェット(デジタル端末)を使用して長期的に脈拍を計測するため、ごくまれに出る不整脈でも検出が可能だ。

他にも服の下に付けて24時間計測できる機器、自分で取り外しのできる携帯型の心電図計、皮膚の下に埋め込んで年単位で計測できる機器なども開発された。

ただし、である。

機器に頼り過ぎることにも注意が必要だと吉川は指摘する。

「もちろん胸のレントゲンやCTを見て分かる場合もありますけど、どうしても見逃すということがありえます。一方、弁膜症の患者さんに聴診器をあてると心臓の雑音が聴こえます。心雑音は一般の人が聴いても明らかですから、医者が聴診したら一発でわかるわけです。

今は聴診に頼らなくても診断ができますけど、昔の医者は聴診器一本でいろんなことを診断していました。やっぱりそこに立ち返るということも大事なんです」