退官後の仕事は未定だったが、公職を次々にオファーされ活躍

退官後の身の振り方はまったくの白紙でしたが、嘉子さんを周囲は放っておきませんでした。

方々から声がかかり、嘉子さんはいくつかの公職を持って、在官時同様、忙しく活動していくことになります。

野に下って1カ月後の昭和54年12月から、労働省の男女平等問題専門家会議の座長に就任。この会議で嘉子さんがまとめた「雇用における男女平等の判断基準の考え方について」と題する報告は、その後制定される「男女雇用機会均等法」に生きることになります。