※本稿は、太田匡彦『猫を救うのは誰か』(朝日文庫)の一部を再編集したものです。
400匹以上の犬を虐待した容疑でペット業者が逮捕
JR松本駅(長野県松本市)から車で約30分。県道をそれ、すれ違うのも難しい細い山道を上っていくと、左手の林のなかに2階建てのプレハブ小屋があった。
飼育していた400匹以上の犬を虐待したとして動物愛護法違反の疑いで逮捕、起訴された元繁殖業者の男が営んでいた2カ所の繁殖場のうちの一つだ。その屋号は「アニマル桃太郎」といった。2021年9月2日、冷たい雨が降るなか、長野県警の捜査員らによってこの繁殖場の家宅捜索が行われた。
犬猫の繁殖業者やペットショップの飼育環境を改善し、悪質業者を淘汰するために、具体的な数値規制を盛り込んだ「飼養管理基準省令」が21年6月、段階的に施行され始めた。その矢先に発覚した大規模な動物虐待事件。飼養管理基準省令への対応に追われていた地方自治体やペットビジネスの現場には、大きな衝撃が走った。
長野県警の家宅捜索が行われた21年9月2日、現場には、県警の捜査員に交じって松本市保健所の職員の姿があった。松本市保健所がアニマル桃太郎の繁殖場に立ち入り検査をするのは、これが初めてだった。
21年6月に施行された飼養管理基準省令では、犬猫の体表が毛玉で覆われていたりする状態を「直接的に禁止している」(環境省)。ケージの床材として、金網を使用することなども原則禁止だ。「悪質な事業者を排除するため、自治体がレッドカードを出しやすい明確な基準にする」。制定にあたり小泉進次郎環境相(当時)はそう自信を見せた。
だが、22年3月に長野地裁松本支部であった初公判の検察側冒頭陳述によると、アニマル桃太郎の繁殖場では「重度の毛玉による歩行困難」な犬がいたり、「ほとんどのケージにおいて金網が用いられていた」りしたという。松本市保健所が適切に立ち入り検査をしていれば、長野県警による家宅捜索よりも前に、犬たちを救う道筋がつけられたはずだった。