ユニクロがあるのにg.u.を出店する理由

g.u.の1号店の開店セレモニーに臨む柳井正・ファーストリテイリング会長兼社長(中央左)。2009年現在、全国に72店舗を展開する。

g.u.の1号店の開店セレモニーに臨む柳井正・ファーストリテイリング会長兼社長(中央左)。2009年現在、全国に72店舗を展開する。

カジュアル衣料店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングが、今期も絶好調だ。2009年8月期の連結業績予想は過去最高の営業利益を見込み、売上高も従来予想を上回る。牽引役の一つが、低価格ブランド「g.u.(ジーユー)」である。

「g.u.」は、市場最低価格を目指すという徹底した低価格路線が特徴。990円ジーンズや490円Tシャツなど、全アイテムの約80%は「ユニクロ」の半分以下の価格だという。2009年9月8日には、990円アイテムを200種類以上に拡充することも発表した。低価格を実現した生産や流通の仕組みも興味深いが、マーケティングの観点から注目したいのは、そもそもなぜ極端な低価格路線に踏み出したのかという理由だ。

謎を解くカギは、近代マーケティングの父、フィリップ・コトラーが提唱したSTP理論にある。今日のビジネスでは、市場の全体を狙うマス・マーケティングはなかなか通用しない。多様化した消費者のニーズに対応するには、市場をいくつかのセグメントに分けて自社が有利に戦えるサブ市場にターゲットを絞り、明確なブランド・ポジションを規定する戦略が必須である。コトラーは、この一連のマーケティング手法をそれぞれの頭文字をとってSTP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)と呼んだ。

同社が新ブランドを立ち上げた背景には、STP理論があった。もともと「ユニクロ」は、デザイン性よりも品質と価格にこだわる消費者層に向けて展開されたブランド。ただ、近年は消費者全体に低価格志向が広まり、サブ市場にすぎなかった低価格市場がマス化している。そこでさらに細かなセグメンテーションを行い、より低価格路線を望む層をターゲットにポジショニングしたのが、新ブランドの「g.u.」というわけだ。

じつは同社に限らず、多くの企業がSTPに基づいてマーケティングを展開している。では、コトラーが説いたSTPとは、いったいどのような考え方か。もう少し詳しく解説していこう。

セグメンテーションでは、市場を変数によって細かく切り分ける。切り口となる変数はさまざまだが、大別すると、地理的変数(気候、人口密度など)、人口統計的変数(年齢、性別、所得など)、サイコグラフィック変数(ライフスタイルやパーソナリティ)、行動上の変数(ベネフィットや使用頻度など)の4つに整理できる。もちろん変数は一つに限らない。「g.u.」含め、カジュアル衣料店なら所得や家族構成、ライフスタイルといった複数の変数でセグメンテーションを行っているはずだ。

なかには一風変わった切り口もある。今年上半期のヒット商品の一つであるハウス食品の「めざめるカラダ朝カレー」は、時間軸という切り口で開発された商品だ。イチロー選手がホーム試合の日は毎朝、夫人の手づくりカレーを食べているというニュースから開発がスタートしたそうだが、レトルト食品市場を時間軸で切り分け朝からしっかり食べたいという層を浮かび上がらせた時点で、ヒットは半分約束されたようなものだった。

市場をいくつかのセグメントに切り分けたら、次はそれぞれを評価して標的にする市場の設定を行う。これがターゲティングだ。「g.u.」の場合、標的市場は若いファミリー層である。この年代の購買力はけっして高くないが、低価格のアイテムを複数購入し、自由に組み合わせてファッションを楽しむ傾向が強い。10代の顧客層も同じような傾向があるが、その層を狙うと、現在「ユニクロ」が出店を増やしている都市型店舗のターゲットと重なってしまう。ブランドの住み分けを考えれば、若いファミリー層を標的市場に選んだことも納得だ。

標的市場に対するマーケティングは、無差別型(セグメント間の違いを無視して共通の商品やサービスを展開)、差別化型(複数のセグメントに対して、異なる商品やサービスを展開)、集中型(一つのセグメントに対して経営資源を集中的に展開)と、3つの方法がある。ファーストリテイリングは「ユニクロ」で複数のセグメントに対して共通の製品を展開する無差別型に近い形態だったが、「g.u.」の登場で、各ブランドを個別のセグメントに充てる差別化型に舵を切ったといえる。

多様化が進む現在の市場では、無差別型より差別化型や集中型のほうが理にかなっている。ただし、差別化型は個別にマーケティング戦略を必要とするため効率面で劣るし、集中型は、標的市場が不振に陥ると自社の命運まで尽きるリスクがあることを覚えておきたい。

※すべて雑誌掲載当時

(構成=村上 敬)