平安貴族が食べたものはなんだったのか…
樋箱という携帯トイレである。当時の貴族女性は便意をもよおすと、屛風などをひきまわし、侍女に樋箱を持ってこさせ、そこで用を足していた。貞文は「樋箱の中のモノを見れば、さすがにいくら惚れた女でも嫌いになれるだろう」と考えたのだ。
そして侍女から箱を奪い取り、そっと中を開けてみた。「いい匂いがした」という。箱の中の液体を飲み、浮いている物体を食べてみた。するとなんと、おいしく感じたのである。
じつはこれ、本院侍従があらかじめこうしたことを予測し、食材を使って尿や排泄物をつくっておいたのだという。そこまで話したとき、急に貫先生が私に向かって質問した。
「あなたはこの話を信じますか? このおしっことうんこは、ニセものだったと考えますか?」
いい授業とは、あとからじわりと沁みるもの
にわかに指名されたので、私は慌てた。しかも質問の意図もよく理解できない。だからとりあえず私は「逸話が残っているのですから、事実なんじゃないですか」と答えた。
すると貫先生は、私に向かって「あなたはまだ、本当の恋をしたことがありませんね」と言ったのである。
そう指摘され、私はムッとした気分になったが、あとになって、先生の言わんとしたことが理解できた。おそらく貫先生は「本当に人を愛すれば、相手の排泄物であっても汚いとは思わない。それほどすべてを好きになれるものなんだよ」そう教えたかったのだ。
だから私も、学生たちによくこの話をする。良い授業とは、このようにあとからじわりと心に染みてくるものなのだろう。