春代は多額の借金を背負わされ、「水揚げ」もタダ働きに
春代は女郎屋の主人から衝撃的な「事実」を知らされる。シンガポールに来るまでの旅費や宿泊費、手数料などとして、莫大な額の借金を負わされているというのだ。絶望的な気持ちになり、涙があふれた。
最初の客は現地で商売をする日本人だった。春代には初めての体験だった。「水揚げ」は人気が高く、客は通常より高い料金を払うが、すべて女郎屋が受け取り、春代の取り分はなかったという。
「水揚げ」とは、性行為の経験がない女性が遊廓や女郎屋で初めて客をとることを言う。「処女」は特別で価値が高いものとされ、店にとってはより多くの売り上げが見込めるため重要な位置づけだった。一方で、女性を手荒に扱って傷つけることのないよう、店側は水揚げの客として、経験が豊富な比較的年配の男性を選ぶことが多かったとされる。
これは女性への配慮というより、女性を「商品」とみなし、これから売り出す商品を傷物にされたくない、という店側の意向が働いたとみていいだろう。こうした女性の初体験をありがたがる価値観は現代まで続いており、女性の純潔を第1の価値とする「貞操観念」といった言葉もいまだに残る。
1回3ドルで働き、「忙しかときは痛かとですよ、あそこが」
春代の客も、年齢は不明だが、妻子や愛人がおり、経済的にも豊かとみられる日本人男性があてられた。その男性は1週間、春代を独占して大金を支払ったという。
〈「借金の分にはならん、タダ働き」と聞いて私はまた泣いたとです〉
春代はそう振り返る。
短時間(ショート)は3ドル、1晩で15ドル。春代は借金を返し、日本に残した家族に送金するため懸命に働いた。アメリカ、イギリス、ロシアなど外国人客の相手もした。春代の肉声テープは、女郎屋での仕事を包み隠さず語る。
〈忙しかときは痛かとですよ、あそこが。それで這うて廊下と階段を行くとですよ。あれが女郎の地獄ですよ。男の棹は替わっても、ツボはひとつでしょ。もうやっちゃですたいなあ〔ひどいですね〕。私は忘れられん。瓶に入った油ばですね……バスリンというたですかね。ベタベタするとをつけるとです。数の多かときは、汁気がなくなるけんですねえ〉
〈そんなんとを、49〔人〕したよ。わたしゃ、1日ひと晩のうちに。いっペん、そういうことのあった。昼の午前中、9時から。晩のちょつと3時ごろまでな。もうね、泣くにや泣く〉
客が多いときは朝から未明まで、1日49人の相手をした。痛みは、ワセリンを塗ってしのいだ。春代のいう「バスリン」は、ワセリンのことを指す。
〈いくら子どもでン、元気のよか若か娘でン、あそこが「痛か、痛か!」ちゅうてね、感じが変になって、もう説明もできん。ほんなごて、情けなか。いやらしゅうて、今も忘れられん。おそろしゅうて……〉