アフリカ系の父は経済学者、インド系の母はがん研究者

ここからは、カマラ・ハリスがどんな人か、あまり知られていない出自などを中心に紹介する。

父のドナルド・ハリスは、ジャマイカ出身の黒人でスタンフォード大学の経済学教授。ロンドン大学やカリフォルニア大学バークレー校(カリフォルニア州オークランド近郊)で学んだ。先祖はアイルランド系の血も引き、英国教系のプランテーション農園主で、奴隷を使う側であったという。

母のシャマラ・ゴパランは、インドのチェンナイ地方出身のバラモン階級に属するタミル系インド人。父は公務員で、ザンビアで働いていたこともある。アメリカ留学中にドナルドと出会い結婚した。

カマラは1964年オークランド生まれで7歳のときに両親が離婚し、がんの研究者である母に育てられた。12歳のときにカナダのケベック州モントリオールに移住したため、フランス語系小学校で学び、高校から英語の学校だ。

苦労して司法試験に合格し、検事に

そして、ワシントンの黒人大学であるハワード大学を経てサンフランシスコのカリフォルニア大学ヘイスティングス・ロー・スクールで学んだ。このころ母もバークレーに戻ってきた。従って、彼女はカリフォルニア生まれ、ケベック育ちで、ワシントンを経由してカリフォルニアに戻った。

インドの母の実家で過ごすことも多かったし、のちには父の故郷であるジャマイカも訪れている。公民権運動やベトナム反戦運動の時代に、豊かではないものの研究者の子として育ったカマラは、進学や地位を得るために黒人もである立場も利用しているが、人種は「アメリカン」と自称している。これは、国勢調査でもある分類で、先住民のことでない。

また、バプテストの教会で洗礼を受けているが、ヒンズー教に対しても敬意を持ち、祝祭を祝うなどしているという。彼女の名のカマラは、サンスクリット語で「蓮の女性」を意味し、つまり蓮舫氏と同じである。

学業は抜群とは言えず、苦労して司法試験に合格したのち、カリフォルニア州アラメダ郡の地方検事局副検事となったが、1994年ごろにはカリフォルニア州議会議長だった黒人政治家のウィリー・ブラウン氏と公然たる愛人関係で引き立ててもらった。