「そんなこともわからないの?」と言われたことも

忙しそうにしている上級医に、研修医から質問やヘルプの声をかけづらいという風土がなかったかどうかも重要な点だ。「聞いてくるな」という無言の圧力を感じることがあった、じっさい質問したところ「そんなこともわからないの?」と言われてしまったこともあった、という研修医の声も聞く。

それならば、やはり個々の上級医には、学習者を支援する立場との自覚をもって相談しやすい雰囲気を作るとともに、「なんか困ってない?」「大丈夫?」と積極的に声かけしていく姿勢が求められるのではなかろうか。

とはいえ、一定の医師にのみ負担を強いる体制は避けねばならない。そもそもが医師不足という現状に加えて、今後は「働き方改革」だ。業務量が減らないなかで、いかに時間内にタスクをこなしていくかという問題が医療現場には突きつけられている。病院の管理者は、指導医に過剰な負荷がかからないよう、他の業務を軽減する措置等を講じていく必要があろう。

日赤名古屋第二病院が公表した文書に、このような視点が見出せなかったことを、私は非常に残念に感じている。

「失敗しない」と思っている医師こそ危険である

冒頭に述べたように、ベテラン医師のほうが研修医に比べて、より正確な診断、適切な治療をおこなえる可能性は高いといえる。多くの症例を経験してきたのだから当然のことだ。

だがその数々の経験には、多くの失敗もある。ただの一度も誤診したことがないという医師は、皆無と言っていい。かくいう私も、これまでの30年の医者人生のなかで、誤診してしまった経験は一度や二度ではない。

逆に、某医療系ドラマの主人公のキメ台詞であったような「私、失敗しないので」と本気で思っている医師が実在するなら、その医師は極めて危険だ。その自己無謬思考こそが、誤診と極めて親和性が高く、じっさい誤診した場合でも、謙虚に自己批判する姿勢を妨げるからである。私なら、そんな医師には絶対に診てもらいたくない。

手術室で手術を行う医療チーム
写真=iStock.com/gorodenkoff
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もちろん誤診などしないに越したことはないが、つねにその可能性を考え、かりに誤診した場合も、自分の能力の限界について謙虚に振り返ることは非常に重要である。そういった姿勢こそ、研修医のころから身体に染み込ませておくことが大切であるし、そうした教育こそが、結果として誤診しにくい医師を作ることになる。