静岡新聞の「拙速」批判は妥当か

県民を驚かせたのは、調査ボーリングと比較して大量の湧水流出が懸念される先進坑、本坑掘削工事まで認めたことである。

合意には「『静岡県の水』という所有権を主張せず、『静岡県の水』の返還を求めないこと」を盛り込んだ。

鈴木知事の合意に対して、静岡新聞は「『前のめり過ぎる』との懸念が県庁内部からも聞こえる」とした上で、「県境付近のトンネル工事の影響は議論していない」「(鈴木知事は)問題解決に向けた前進をアピールしているに過ぎない」とする匿名の専門部会委員の声を紹介し、批判したのだ。

「拙速」だというのは、調査ボーリングだけでなく、一挙に先進坑、本坑まで認めてしまったことを指すようだ。

確かに5月13日の専門部会では調査ボーリングについてのみ認め、先進坑、リニアトンネル本坑の工事については議論していない。

調査ボーリングの断面直径は約12~35センチだが、先進坑のトンネル幅は約7メートルとケタが違う。

調査ボーリングの状況
調査ボーリングの状況(写真=JR東海提供)

元副知事で静岡県のリニア問題責任者だった難波喬司・静岡市長は「調査ボーリングによる湧水量は、先進坑掘削に比較して、1.8%程度しかない」と発言していた。

逆に言えば、先進坑で出る湧水は膨大な量となる可能性もあるのだ。

それなのに、鈴木知事が県専門部会に諮らないで先進坑、本坑の工事を合意したから、静岡新聞は「拙速」と批判したのだ。

そもそもの「言い掛かり」がおかしかった

だが、この批判は的を射ていない。

氏名不詳の委員が「問題解決に向けた前進をアピールしているに過ぎない」などと政治的な発言をしたとしたら、県専門部会委員失格である。

県専門部会は科学的知見から県に助言することが役割であり、リニア問題について最終的に判断を下す権限は知事にある。

そのような委員の意見をそのまま使うこと自体おかしい。

もともと、「トンネル内に圧力が掛かると静岡県の水が引っ張られるから山梨県内のトンネル掘削工事をやめろ」という主張自体が難癖でしかなかった。

トンネル掘削工事の前提となる「調査ボーリングをやめろ」に至っては、難波市長だけでなく、山梨県の長崎知事、大井川流域市町長らがこぞって荒唐無稽な主張だと批判していた。

それにもかかわらず山梨県内の調査ボーリングを開始したJR東海に対して、川勝知事は「静岡県側の断層帯と山梨県側の断層帯がつながっている可能性を示したデータがある」などと怒りをあらわにし、またまた違う新たな言い掛かりをつけるなど紛糾した。

その後もごたごたは続き、すったもんだの末に、川勝知事はリニア問題を放り投げて辞めてしまった。

川勝知事からバトンタッチした鈴木知事の積極姿勢を、「前進をアピールしているに過ぎない」とする批判は正当性に欠ける。

山梨県内の調査ボーリング、先進坑、本坑掘削にとやかく言い掛かりをつけたこと自体がおかしかったからだ。