「するなと言うなら見逃しを許容するしかない」

群馬県みなかみ町立小学校で6月4日におこなわれた健康診断で、70代の男性小児科医が児童の下半身を下着をおろして視診していた問題は、その発生直後からテレビをはじめ多くのメディアで報じられ、ネットでも瞬く間に賛否の議論が沸騰した。

「通常の学校検診ではありえない」「なぜ下半身の診察が必要なのか」といった声がSNSで上がると、それにたいして「思春期早発症を発見するための診察で、専門医なら当然おこなう」と当該医師を支持し、医師の裁量権を盾に「するなと言うなら見逃しを許容するしかないだろう」と突き放す声も医師アカウントから上がり、双方の意見が感情的にぶつかり合う様相すら呈した。

子どもたちのことを考えればこそ、なぜこのような事態が発生したのか、今後どうすべきなのかということを考えねばならないはずなのだが、議論に冷静さを欠いては問題の本質が見えなくなってしまう。

そこで本稿では論点を整理した上で、本件の根底に横たわる問題について、臨床医そして研修医の教育を担う者としての視点で、冷静に分析してみたい。

※当該医師は記者会見で顔出ししており、一部テレビの報道番組では氏名も明示されているが、本稿では「A医師」とする。

医者
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もし本当に必要な診察なら、事前の説明は必須だった

まず最初に共通認識とすべきことは、A医師の行為によって傷ついた子どもがいるという事実である。これはA医師のおこなった診察方法(以下、当該診察という)が医学的に正当な根拠に基づいたものであるとの主張を支持する人たちにも、絶対に認識しておいてもらわねばならないことだ。

共通認識とすべきもうひとつは、これまでの学校検診で、当該診察がルーティーンでおこなわれてきたものではないという事実である。昨年も同様におこなったというA医師にしてみれば、ルーティーンと言えるのかもしれないが、少なくとも全国の学校で日常的におこなわれてきたものとは言えない。これも事実としてA医師を支持する人にも認識してもらう必要がある。

次に議論すべきは、当該診察が学校検診で今後ルーティーンにおこなわれるべきものかどうかである。もし思春期早発症の早期発見が非常に重要であり、これまで当該診察をしてこなかったことによる見逃しが看過できないとの知見が小児科専門医の間で常識となっているのであれば、早急に必須項目にせねばならないだろう。

そしてその場合は、学校検診をおこなう全国の医師にその意義と方法を周知、学校の教職員とも情報共有を徹底し、保護者と子どもたちにも十分に説明した上で理解を得ねばならないことは言うまでもない。しかし今回は、そのような事前調整も説明も一切なかった。

ここまでは異論ないだろうか。