社員の輪に入ろうとするも嫌われるばかり

社員との間にある壁を取り払いたい一心で、皆の雑談の輪に加わったり、女性社員とランチに行ったりもした。結婚前の職場でそうしていたように、まずは組織の一員になりきろうとしたのだ。

それでも、ベテラン社員との距離はなかなか縮まらなかった。特に部長たちからは、会社のためにと何か言うたびに「うるさい人だな」という目で見られ、嫌われていくのを感じた。

「嫌がられているのがわかっても、注意や指示を伝えるときは思いっきり明るく振る舞うようにしていました。でも、笑顔で懸命に旗を振っても誰もついてきてくれない。完全な一人相撲で、心の中ではすごく悲しかったですね」

長年現場を率いてきた夫から伝えれば、皆すなおに聞いてくれたのもしれない。しかし、松本さんは耳の痛いことを伝えるのは自分の仕事と考え、あえて嫌われ役を買って出ていた。「あの業者に予算をかけるのはめぐみさんのお気に入りだからだ」と根拠のない噂を流されたこともあったが、じっと耐えた。

そうした経験を経て、やがて、経営層は社員の輪に溶け込もうとするだけではダメだと気づく。いくら仲よくなろうとしても、社員から見れば自分は会社側の人間。だから社員目線ではなく、会社を率いる側として全体を俯瞰する姿勢を持たなければいけない――。以降、松本さんはこの点を強く意識して行動するようになった。

「業績は悪化」の指摘に社内から猛反発

だが、経営側の自覚を持った後も一人相撲は続く。

ある年、会社の売上高が過去最高を記録。皆が大喜びする中、松本さんは一人で危機感を募らせていた。会計数字を見ると、売上高こそ大きく伸びたものの、肝心の利益率は急落しており、過去最低だったのだ。受注が増えたことで忙しくなり、よく考えないまま増員したうえ在庫チェックもおろそかにしてしまった結果だった、

「お祝いムードに水を差すのはつらかったけれど、ここで事実を伝えないと会社は本格的な業績不振に陥ってしまう。だから、皆に正直に『業績は悪くなっている』と伝えたんです。覚悟はしていましたが、ものすごい反発が起きました」

特にベテランの営業部員たちからの反発は大きかった。「俺たちが一生懸命営業して仕事をとってきているのにアイツは数字しか見ていない」「自分では営業できないくせに」――。社内ではそんな陰口が飛び交った。