新型コロナウイルス禍を境に収益力を大幅に向上させている日本郵船。パンデミック当時、社長を務めていたのが現在は同社で会長を務める長澤仁志氏だ。危機においてもチャンスを掴める経営者は、どのようにピンチと向き合っているのか――。

世界中でロックダウン「このままでは倒産」

日本郵船は1885年に創業された、非常に長い歴史を持つ会社です。それがついに私の代で終わってしまうかもしれない――。そうした危機感を本気で抱いた出来事がありました。まだ記憶に新しい、2020年の新型コロナウイルス感染症の拡大です。

長澤仁志
長澤仁志(ながさわ・ひとし)
日本郵船取締役会長。1958年、京都府生まれ。80年神戸大学経済学部卒業後、日本郵船入社。2019年に社長就任。23年より現職。日本経済団体連合会(経団連)副会長も務める。(撮影=大槻純一)

19年の末に、中国で謎の感染症が広がっているというニュースは聞いていました。ただ、それまではどこか他人事。ただごとではないと気づいたのは、翌年2月、「ダイヤモンド・プリンセス」号の船内で集団感染が起きて横浜港に入港してからです。

実は当時、グループ会社の郵船クルーズが運営する日本船籍最大の客船「飛鳥II」はシンガポールで改装中でした。運航再開は3月から。前年に社長に就任したばかりの私は運航再開を楽しみにしていましたが、郵船クルーズの社長からこう告げられました。「今運航しても、お客様は乗ってくれない。再開を延期させてほしい」

郵船クルーズの社長の訴えはもっともでした。休止すれば大きな損失が出ますが、動かしてもお客様に乗っていただけなければそれ以上の損失になる。経営会議にかけて、再開を当面見送ることにしました。

これだけでも痛手でしたが、本当の危機はその後に待っていました。4月に緊急事態宣言が発出。日本だけではなく世界各地でロックダウンが始まりました。ロックダウンになると工場や倉庫、港から人が消えます。その結果、船で荷物を運んでも港に揚げることができず、船が止まり始めました。その数がわが社の船の約半分に達して、冒頭にお話ししたように「このままでは倒産する」と青くなったわけです。

ただ、座して待つつもりはありませんでした。自分にできることは全力でやろう。そう決心して、まずはコロナにおける課題を整理しました。

取り組むべき課題は3つありました。1つ目は、お客様との約束をしっかり履行できているのかどうか。コロナ禍初期は、マスクなどの医療資材を運ぶことが国民生活を守ることにつながります。港や倉庫に人がいない中でいかに荷物を運ぶのか、非常に難しい問題でした。

2つ目は船員や現場従業員を中心にグループ社員の命と健康を守ること。海上の船は、閉ざされた空間です。船内で誰か一人でもコロナ患者が出たら、一気に集団感染するおそれがあります。

そして3つ目は財務です。コロナ禍がどれだけ続くのか全く見えませんでしたが、もし長引くと、今持っている融資枠では足りなくなります。会社を存続させるためには財務面での新たな手当てが必要でした。

これらの課題に対応するために、まず新たな情報収集の仕組みの構築に取り組みました。無論、現場から情報を集めて経営が意思決定する仕組みは以前からありました。ただ、それは対面を前提にしたもので、リモートでは機能しないおそれがありました。

新たに始めたのが週報です。日本郵船には当時7つの本部があり、各本部にグループ会社も連結されていました。現場の最新状況を各本部が集めて週報をつくり、一元化した情報をもとに7人の本部長と毎日会議を行いました。

なぜ情報にこだわったのか。実はこのとき、私は自分が情報確認を怠って引き起こした、ある失敗を思い出していました。