「人を安くこき使うのも経営手腕」という体質

【古屋】日本の賃上げはいま、33年ぶりの高い水準になっています。私はこれが、人口動態の変化に起因する「労働供給制約」がもたらす構造的な賃金アップの圧力で、このトレンドは中長期的に継続するのではないかと考えています。

【アトキンソン】今回の賃上げは結局、物価が上がってしまったからです。非常に日本らしい対応だと感じました。日本は基本的になんでも「事後対応」ですよね。「何かが起こったから対応する」という。予想できるにもかかわらず、事前に対応することがほとんどありません。

【古屋】おっしゃる通り、ほとんどが事後対応です。

先日、中小企業の経営者に話をうかがったのですが、経営者が「うちも給料を上げます」と言うので、「30年間上がってなかったのに、なぜ上げるんですか?」と聞いたところ、「まわりの会社や取引先がみんな上げたから、うちも上げやすくなった」と。

つまり「横並び」です。上げようと思えば昔から上げられたんですよ。まわりが上げていなかったから、上げられなかったと言うんです。

【アトキンソン】それはただの口実ですよ。賃金を上げたければ、上げればよかったじゃないですか。

【古屋】本当にその通りなんですが、歴史的に、日本の社会は何か外発的なアクシデントやインシデントがあった瞬間に、横並びで一気に変わるんです。ほかの誰かが成功すると、「うちもできる」と思ってその流れに従う。みずからアクションを起こさないんです。これは日本の大きな弱点ですが、僕は一周まわって実はドラスティックな変化を起こせる強みでもあると思っています。

【アトキンソン】日本の多くの中小企業の経営者にとって重要なのは、いかに経費を使うか、いかに安く人を働かせるかになってしまっている。外国人労働者に関してもまったく同じことがいえます。イノベーションを起こせる人や才能のある人ではなく、できるだけ安く酷使できる人、つまり奴隷のように使える人がほしいのです。

これはもはや、経営者の体質ですよね。人を安くこき使うことも、経営手腕の一つだと思ってしまっている。

経営者が頼ってきた4つの「安い労働力」

【古屋】これまでは、それで利益を上げられてしまったわけですからね。私は、「安い労働力」という意味で日本の経営者が持っていた“切り札”が4つあると思っています。

1つ目は「若者」です。2つ目が「女性」、特に2000年前後以降に顕著に増えた非正規で働かれてきた女性です。3つ目が「高齢者」。再雇用という制度を使って、高齢者に“3割引き・4割引き”でそれまでと同じように働いてもらえる。

高齢者の労働参加は今後も当然増えていくと思いますが、高齢者を安い労働力として扱うようではまずいのではないでしょうか。

【アトキンソン】日本は、高齢者が一定金額以上働くと年金(老齢厚生年金)が減額されますよね。なぜそのような仕組みにしてしまったのでしょう。

【古屋】在職老齢年金ですね。ほかにも「130万円の壁」もありますし、日本には「働かせないための制度」がたくさんあるんです。これはやはり、人手が余っていた時代の名残なのだと思います。

【アトキンソン】世の中が変わったことに、まったく対応できていないんです。人口が増えていく時代では正しかったのかもしれませんが、いまはそれが歪みを引き起こしてしまっています。

【古屋】本当ですね。先ほどの話の続きですが、4つ目の切り札は、「外国人人材」だったわけです。地方の経営者と話をすると、すぐに技能実習生の話になるんです。安い労働力で利益を上げるという体質は、正直に言ってもう限界ではないかと感じています。

デービッド・アトキンソン氏。
撮影=大沢尚芳
デービッド・アトキンソン氏。