会議の方向にまで踏み込む「政治的発言」

もともとの会議の趣旨は「これまでの議論の検証、政治的ではなく、科学的、工学的な議論の場にしていく」(水嶋智・国交省鉄道局長(現・国交省審議官))ことだった。

それなのに、国の有識者会議初会合で、金子社長は期待する本音の部分を明らかにした。「政治的な発言」を行ってしまったのだ。

金子社長は「有識者会議では、専門的な知見から、これまで心配な事態の起こる蓋然がいぜん性について、どの程度のものか、また、発生する可能性が大きいと考えているのか、あるいは小さいものなのか示してもらいたい」と有識者会議の議論の行方にまで踏み込んでしまった。

静岡県はなるべく「不測の事態」が起きないよう求めていた。いくら科学的、工学的な議論を重ねても、「不測の事態」が起きないと断言できる専門家はいない。

それなのに、金子社長は始まってもいない議論に介入した上で、「法律の趣旨に反する静岡県の対応について適切に対処願いたい」と自分たちが正しいことを前提に、静岡県にけんかを売ってしまったのだ。

静岡県とJRの間に生まれた「致命的な溝」

金子社長の発言によって、地元の強い反発を生んでしまい、静岡県とJR東海との間に取り返しのつかない亀裂が生じた。

知事を筆頭に、流域10市町長、11利水者団体代表は、水嶋局長宛に金子社長の発言に対する「抗議文」を送付した。抗議文はA4用紙7枚にも及ぶ長文だった。

「無礼だ」と怒り心頭の川勝氏は金子社長の直接の謝罪を求めることで、「リニア騒動」の混乱を招いてしまう。

その中で、川勝氏は国交省の水嶋局長を名指しで批判した。

「folly(愚か者)、猛省しなければならない」「金子社長を会議に呼んだのだから、責任を取るのは会議を指揮した水嶋局長ではないか」「金子社長の発言を許したのは水嶋局長、金子社長を(有識者会議に)呼んで謝罪、撤回させるのが筋だ」「水嶋局長は筋を曲げている。約束を守らない。やる気がない」などと徹底的にこきおろした。

極めつきは「あきれ果てる運営で、恥を知れ、と言いたい」だった。

逆に、静岡県が国交省にけんかを売ったことになってしまった。

このような中で、金子社長は5月29日の会見で、自身の発言を正式に謝罪、撤回した。この事件を契機に、「リニア騒動」はますますこじれていった。