別れ際の一言
山口良治先生をご存じでしょうか? 京都の伏見工業高校ラグビー部の総監督です。昔『スクール☆ウォーズ』というテレビドラマで、俳優の山下真司さんが主演されたラグビー部の監督のモデルになった方といえば、ピンと来る人も多いかもしれません。
どうしようもない不良ばかりを集めた、大会に出ても1回戦負けばかりだったラグビー部を、たった7年で全国大会優勝チームに仕立てあげてしまった監督さんです。今では一線を退いていますが、彼の「物語」はいまだにテレビで特集として取りあげられたり、雑誌の中で語られたりしています。
以前、この山口先生と神戸でお会いする機会がありました。先生の教え子でもあり、元ラグビー日本代表チーム監督の平尾誠二さん率いるNPO主催で開かれた「コーチング・パネルディスカッション」に参加したときのことです。
3時間にわたるセッションも終わり、しばらくパネラーやスタッフの方と雑談を交わした後、そろそろ帰ろうかと、控え室のドアを半身出かかったところで、山口先生が私に声をかけました。びっくりするような大きな声で。
「おい! 鈴木さん」
そして今度は少し声を落とし、真剣な、本当に真剣な眼差しでこちらを見据えながら、ゆっくりと噛み締めるように言いました。
「また、会おうな」
その瞬間、体に鳥肌が立ちました。電流が流れました。その日それほど多く山口先生と一対一でコミュニケーションを交わす機会があったわけではないのです。いわばまだあまり知らないストレンジャーに対して、このセリフ。そう言えるものではありません。
もしその後山口先生から「グラウンド10周走ってこい!」と言われたら、「はい!」と喜んで走ったかもしれません。こういう一言をかけられるから、この先生はいわゆる「不良」の心さえもぐっと捕まえてしまうのだなと思いました。
山口先生だけに限らず、私の知る限り、人心掌握に長けた人はこの別れ際の一言がものすごくうまいのです。決してそれを軽くは扱いません。どれだけ頻繁に会っている人に対しても、別れ際の一言には想いを込めます。その人が自分にとっていかに大事か、大切か、重要な人物であるかを瞬時に伝えるのです。
だから別れた後、アクノレッジされた側では1分、5分、時には何カ月も何年も、そのすばらしい別れ際の一言をかけてくれた人のことを頭の中で思い起こすのです。
私の場合、山口先生の顔を、新幹線が新大阪駅に着くぐらいまでの間ずっと思い浮かべていました。