充満するタバコの煙、緊迫する空気……。孫正義の手札は、フォーカード。全財産『ソフトバンク』を賭けたポーカー、恩人との最後の大勝負。果たして勝者は──。
「よし、これから僕がアメリカ仕込みのポーカーをお教えしましょう」
1982年初夏のある晩。ゲーム会社ハドソンの専務(当時)工藤浩は孫正義と毎日のように行動を共にしていた、前年創業の日本ソフトバンク(現ソフトバンク)社長である孫の誘いに乗った。千代田区麹町にある工藤のマンション。工藤はポーカー初体験だったが、孫にレクチャーを受け、ゲームに没頭した。カップ酒に、チェーンスモーキング。酒もタバコもやらない孫だったが、充満する紫煙も気にならないようだ。
時計の針は、深夜1時をさそうとしていたが、誰もやめようとしない。もう何回目かもわからない白熱の勝負。5枚のカードが配られ、数枚を取り替えた。孫は持ち金をすべて賭けた後に意を決したようにこう言い放った。
「僕はこの勝負、『ソフトバンク』を賭けるよ」
手札がよくても悪くても、ポーカーフェースの孫。そのときの手札はフォーカードだった。この夜、ビギナーズラックでツキにツキまくる工藤にしてやられていた孫だが、この手札なら勝てる。唾を飲み込み、今夜最高の手札と悟られぬよう、工藤のほうをちらりと見やる。
対する工藤は、孫が紙製コースターに手書きしたポーカーの役の強弱の格付け表を覗き込んでから、また手札を確かめ、ぼそっとつぶやいた。
「(ソフトバンクを)賭けるって……。おまえの会社なんか赤字でちっぽけじゃないか。どうしよう勝負すべきか」