損失回避性はさらに、人々の行動に対し「現状維持バイアス」という影響を及ぼす。これは、人は現在の状況からの移動を回避する傾向にあることを意味する。現状からの変化はよくなる可能性と悪くなる可能性の両方がある。そこで損失回避的な傾向が働けば、現状維持に対する志向が強くなるというわけだ。
最初にこのバイアスを発見したサミュエルソンとゼックハウザーは、「企業の慣習的な方針に従う、現職をもう一期再任する、同じブランドの商品を買う、同じ職場に留まる」といった人々の傾向は、現状維持バイアスという慣性と結びついているという。
一方、現在はものの供給が潤沢で安くて質のいいものが多く出回るようになり、消費者の選択肢が多種多様に存在する。しかし、実際に最適な選択を行うには、情報が多すぎてかえって困難な状況ともいえる。そんななかで選ばれやすいのは、納得のいく理由やストーリーを持っているものである。
トヴェルスキーなどが展開する「理由に基づく選択」理論によると、選択や決定をするには、その選択肢を選んだ納得のいく理由やストーリーが必要であり、充分な理由があって選択を合理化できればたとえ矛盾があっても構わないとされる。老舗高級ブランドが不況でも支持され続ける理由は、品質の安心感や満足度など、購入を選択する際に納得性の高い理由があるからだろう。
不況になると三ツ矢サイダーやジャイアントコーンなど、消費者によく知られた長寿商品や定番商品の売り上げが増えるという。この現象についても、消費者が損失の不安を回避し、選択に対する納得性を求める傾向にあるためだと考えられよう。
※すべて雑誌掲載当時
明治大学情報コミュニケーション学部教授 友野典男(ともの・のりお)
1954年、埼玉県生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程退学。2004年より現職。専攻は行動経済学、ミクロ経済学。著書に『行動経済学 経済は「感情」で動いている』など。
1954年、埼玉県生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程退学。2004年より現職。専攻は行動経済学、ミクロ経済学。著書に『行動経済学 経済は「感情」で動いている』など。
(構成=宮内 健 撮影=的野弘路)