匿名相談に寄せられる「医学部受験生の悲痛な声」

私が運営する医学部専門予備校では毎週、塾生と講師がマンツーマンで面談を行っています。また、塾生からの匿名相談を専用フォームから受け付けています。2023年4月~2024年3月にかけては1004件の匿名相談がありました。

相談の大部分は勉強についての悩みですが、中には深刻な悩みを打ち明けるものも含まれます。その6割が親子関係の悩みです。具体的には以下のようなものがありました。

「模試の成績が悪くて、何度も叩かれた」
「成績が悪いせいで、親が壁を蹴り破壊している」
「苦労して書き上げた私立大医学部の願書を出願前日に目の前で破り捨てられる」

「子どもは絶対に褒めてはいけない、厳しくしなきゃ合格できない」という呪縛に囚われている親が、あまりにも多いのです。

このような心ない言動を浴びせられ続けると、自己肯定感は地を這うようになります。相談の中には、「消えてなくなりたい」「生きているだけ無駄」という悲痛な声もありました。

怒りで拳を握り締める攻撃的な男とうずくまっている人影
写真=iStock.com/PrathanChorruangsak
※写真はイメージです

殴る、蹴るなど目に見えて深刻な親子関係に悩む人は6割といっていますが、軽微な悩みを含めると、ほとんどの家庭が何らかの教育虐待状態にあるのかもしれません。

家庭という密室で繰り広げられる心ない言動は、身体的虐待や心理的虐待に相当するものも多数あります。こうした言動は成績向上に全く繋がらないばかりか、子どもの持つ「生きる力」を奪ってしまうので注意が必要です。

「子どものため」を笠に着た毒親街道まっしぐらの思考回路

医学部受験専門予備校を運営していると、さまざまな親子に出会います。親御さんのタイプは大きく分けて2タイプ。1つは自分や親族が医師であることから、子どもにもそうなってほしいと願う「自己投影型タイプ」。もう1つは学歴コンプレックスのせいなのか、自分や親族のようにならないようにと、果たせなかった夢を託す「リベンジ型タイプ」です。

どちらのタイプもベースにあるのは「わが子に幸せになってほしい」という親心。しかし子どもの幸せを願ってスマホで何かを検索すると、そこにあふれる無数の「○○すべき論」に飲み込まれてしまいます。

・医学部に行きたいのなら難関中高一貫校に進むべき
・難関中学を受験するなら、必ずこの塾に行かないとダメ
・医学部に行く人は無遅刻無欠席の人格者であるべき

これらの言説には、科学的根拠は何一つとしてありません。不確かな「べき論」が世の中にはびこり、それが正しいと多くの人が信じて疑わないのが現状です。さらに教育熱心な親御さんの多くは「もっとも優秀な人の事例」を真似したがります。

子ども3人を東大に合格させた人の体験談や、大学を首席で卒業した弁護士の勉強法といったトップオブトップの勉強法は、一部の優秀な子にはフィットするかもしれません。しかし、全ての子どもに合うわけではありません。

「成功者の事例を真似れば成功するだろう」という思考回路は、大リーグで活躍する大谷翔平さんの練習法を、野球初心者の小学生に強要するような短絡的な考え方です。スポーツに例えれば一目瞭然なのに、勉強に限ってはそう思わないのは、不思議な現象です。