ヤッホーブルーイング(長野県軽井沢町)は、ビール大手4社にはかなわないが、クラフトビールメーカー国内約600社ではシェアトップだ。たくさんある「地ビール」のなかで埋没しないのは、なぜなのか。『LOCAL GROWTH 独自性を活かした成長拡大戦略』(クロスメディア・パブリッシング)より、同社の井手直行社長とPR TIMESの山口拓己社長との対談を紹介する――。
ヤッホーブルーイングの公式サイトより
ヤッホーブルーイングの公式サイトより

地ビール冬の時代、売れ残りを廃棄する日々

【山口】いまは絶好調のヤッホーブルーイングさんですが、どん底も経験されていると伺っています。

【井手】ええ。もともとうちは、「観光地・軽井沢で美味しいエールビールをつくろう」ということで、星野リゾート代表の星野佳路がつくった会社です。私は当時、軽井沢の広告代理店を辞めてふらふらしていたところを、星野に拾ってもらって、営業として入社しました。

その頃は、ちょうど地ビールブームが来ていて、どこのホテルもスーパーも、うちのビールを置いてくれていました。生産が間に合わないので、営業といっても注文を断るのがメインの仕事みたいなものだったんです。

でも、ブームというのは、パタッと去っていきますよね。そこから6、7年、冬の時代が続きました。つくってもつくっても売れず、売れ残ったビールが山のように積まれる。醸造所内で廃棄をすると酒税が返ってくるので、みんなで缶ビールのプルタブを開けて、中身を排水溝に流すんです。腱鞘炎になるくらい、毎日毎日。

仕方ないんですけど、つくっている身としてはやり切れない思いです。「人生に幸せを!」と掲げている会社の、自分たちが全然幸せではないんですから。

生き残りをかけてネットショップにテコ入れ

【山口】ヤッホーブルーイングと言えば「仕事を楽しんでいる会社」というイメージがありますが、その頃の社内は、いまのような雰囲気ではなかったんですか?

【井手】全くなかったですね。ぎすぎすしていて、辞めていく人も多かった。私はその頃営業の責任者だったんですが、店頭で売ろうにもクラフトビールは見向きもされなくなっていました。

それならということで、細々やっていたネットショップにテコ入れしました。大手のビールメーカーがやらないことをしないと、生き残れないのがわかっていたので、そこに望みをかけたんです。

そこから、ウェブマーケティングを学び始めました。ランディングページのつくり方とか、メルマガの書き方とか、もう本当に基礎の基礎からです。