指示を無視したら、父が満足する結果になった
中学生になり、私は反抗期に入った。それもあってか、父から「あれをこうしとけ」という、いつものあいまいな指示が来た時、いったん父の指示の言葉を無視した。で、目の前の現象をよく観察し、「これ、こうなっているのか。となると、多分これが問題なんだな。これを解決するには、こうしたらよさそうだな」と、やるべきこと、手順を観察したことから自分で考え、父の指示をあえて無視してやってみると「お、お前も察しがよくなったじゃないか」と父もご満悦。
内心、「なんや! 指示通りしたら叱られて、指示を無視して目の前の現象をよく観察して、自分で考えたほうがいいんかーい!」と、衝撃の発見をした。以後、私は、出された指示をいったん忘れて、目の前の現象をよく観察し、何が問題なのか、それを解決するにはどうしたらいいのかを自分で考え、最後にもう一度指示の言葉を思い出すようにした。「なんだ、こんな指示の出し方じゃこんな風に誤解しかねないのになあ」と内心ブツクサ文句言いながら実行すると、指示した側はご満悦、という体験が増えた。
教え方が細かすぎると今度は頭に入らない
「指示通りにできない人間」になってしまう体験として、もう一つのパターンがある。短気すぎて事細かに教えるのが大嫌いな父とは正反対に、微に入り細に入り、隅々まで教えようとしてくれる人がいる。ところがそれらの指示や教えてくれた情報量が多すぎて受けとめきれない。キャパオーバー。頭から煙が出てしまう。でも教える側は「あ、これはね、こうするとこうなってしまうことがあるから気を付けてね。ちなみになぜそうなるかというと……」と果てしなく情報を提供してくれる。
しかし私は、それに取り組むのが初めて。そもそもこれが何なのか、見当もつかない。見当もつかないものを説明されても頭に入ってこない。親切心で教えてくれているのだけど、ほとんどの言葉が素通りしてしまう。
で、とりあえずやってみるけれど、「さっき教えたでしょ! ちゃんと話を聞いて!」と叱られる。いや、聞くにしても情報量が膨大すぎて全部こぼれ落ちちゃうんですけど? と文句を言いたいけれど、教えた側は「教えたのにちっとも覚えない」と不満顔なので、それで文句言うとさらに怒りそう。で、黙るしかない。でも、やはり指示通りになんかできやしない。

