インド中華を代表するメニュー「チキン・マンチュリアン」

国境紛争後の対中感情の悪化を受けて、彼の里親はカナダに脱出することにした。ワンにも付いていく選択肢はあったが、彼だけはインドにとどまる道を選んだ。彼はカルカッタを去ることにし、1974年にボンベイ(現ムンバイ)に向かった。あるレストランに勤めていたとき、ある客からスカウトされ、インド・クリケット・クラブでシェフとして働くようになった。

笠井亮平『インドの食卓 そこに「カレー」はない』(ハヤカワ新書)
笠井亮平『インドの食卓 そこに「カレー」はない』(ハヤカワ新書)

ある日、クリケット・クラブの客から、これまでにない新しい料理を作ってくれないかというリクエストがあった。そこでワンは、鶏肉を青唐辛子やにんにく、ショウガで炒め、ソイソース(中国醤油。日本の醤油よりも濃い)で味付けし、片栗粉を使ってとろみを付けた品を開発した。彼はこの新作を「チキン・マンチュリアン」と名付けた。

チキン・マンチュリアンは大ヒットした。ワンは1983年に独立し、中華料理店をボンベイにオープンした。チキン・マンチュリアンが看板メニューになったのは言うまでもない。その後、他の店もこの「中華料理」を取り入れていき、インド中華を代表する存在にまでなった。なお、メニュー案に示した「ゴビ・マンチュリアン」の「ゴビ」とは、「カリフラワー」のことである。

※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの

コメントby SERENDIP

インドは世界有数の多民族・多宗教国家であり、当然ながら民族や宗教によって食文化に違いがある。とりわけ大きいのが宗教によって禁忌とされる食材が異なることだ。ヒンドゥー教では牛肉、イスラム教では豚肉が食されず、ベジタリアンの文化圏も少なくないという。それに加え、世界各地の料理の影響が及ぶのだから、本来は「インド料理」と一括りにするのも難しいのだろう。程度の差はあれ、同じことは日本をはじめとする各国・地域の料理にもいえる。分類にこだわりすぎず、食文化のバラエティを楽しみつつ、それに関係する伝統や歴史を辿ることで、より豊かな教養を身につけることができるのではないか。

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