チームが消滅すれば戻ってくることさえできない

山口が考えていたのは、どのようにしてこのクラブを残すか、だった。

「ホーム最終戦でゲルト(・エンゲルス)が、誰か助けてくれって言いましたけど、そんな気持ちでしたよね。ぼくも他の選手も代わりのスポンサーとなってくれる企業がないか探していました。

ただ、こうも思っていました。もしスポンサーが見つかったとしても予算は縮小される。ぼくは年俸が高いほうの選手だったので、負担を減らすために他のクラブに売られることになる」

でもね、自分が他のクラブに移籍しても、フリューゲルスが残っていればそこに戻ることができるじゃないですかと続けた。

「ぼくの中ではどこのクラブでプレーしたとしても最後はフリューゲルスのユニフォームで三ツ沢に戻るというイメージを描いていた。チームがなくなればそれができなくなる。消滅してしまうことだけは避けたかった」

毎日、練習の前後に選手たちは自然と集まり、様々な話をした。

「ぼくらと同年代の選手は若い選手のことを心配していました。自分たちはいいから若い選手をなんとかしてあげたかった。

残り試合は若手選手を出してあげたほうがいいんじゃないかという話も出ました。品評会ではないですが、彼らが他のクラブの目に留まる機会を与えようという考えでした」

前田もクラブの存続を第一義としていた。

「ぼくは全員の前ではっきり言ってましたよ。年俸の高い選手、おじさんは出ていくしかない。年齢的に、ぼくと山(口)、そしてサンパイオが一番上。存続させるならば、そうした選手は大幅に減俸を受け入れる、あるいは退団するしかない。そういうリアルな話はしました」

「もう川淵さんと話しても無理だ」

11月14日、リーグ最終戦となる第17節札幌戦が札幌市の厚別公園競技場で行われた。このとき手嶋はサンパイオと膝詰めで話をしたのだと振り返る。

「誰が言い出したのか忘れたけれど、選手たちが全日空に乗りたくないと言い出した。サンパイオがチーム全体の飛行機代は自分で出すというんです」

しかし、適当な便がなく、予定通り全日空機で北海道に入ることになった。この遠征にはベンチ入りしない選手たちも自費でチームに帯同している。試合は4対1で勝利した。

2日後の16日、サポーター代表が約34万人の署名を持ち、Jリーグ、横浜市、全日本空輸を訪問した。同日、前田、山口、佐藤尽、そして楢﨑は川淵と面談している。

山口と楢﨑はそれぞれ自著でこの日のことをこう記している。

〈川淵さんは、
「自分がなにかをできるなら、なんとかしたかったんだが、そういう状況でなにもできなかった。チェアマンという立場上、企業のそういう話し合いに入るわけにはいかない。企業の話し合いでチームがなくなることだけは避けたかった。Jリーグの理念として絶対にあってはならないことだと思う」
と続けた。
その言葉を聞いたとき、もう川淵さんと話しても無理だ、僕はそう思った。
横浜フリューゲルスのフロントと話をしたときもそうだ。Jリーグ選手協会との話し合いのときも、そして川淵さんも同様だ。話し合いに行く前は、こんなことを聞いてみよう、なにか力になってくれるだろうと、いつも、そう期待していた。でも、すべて無駄だった〉(『横浜フリューゲルス 消滅の軌跡』)
〈チェアマンなりに努力して、僕らのことを考えてくれていることは理解できた。しかし、わざとそう振る舞っているのかもしれないし、僕の立場からそう見えただけかもしれないが、クールな印象が残った〉(『失点』)
田崎健太『横浜フリューゲルスはなぜ消滅しなければならなかったのか』
田崎健太『横浜フリューゲルスはなぜ消滅しなければならなかったのか』

合併報道直後、多くの報道陣が集まった。山口はまるで日本代表でワールドカップ最終予選を戦ったときのような騒ぎだと思った。2つのクラブが生き残るために1つになることは沈みつつある日本経済の象徴としてテレビのワイドショーで取りあげられることもあった。

一度もサッカーをスタジアムで観たことのないであろうコメンテーターがしたり顔で、スポーツチームの経営について論評していた。

サッカークラブは1つの企業であるが、それだけではない。もっと大切な何かがあるのだと山口は言いたかった。

やがて合併撤回の可能性はないと判断したのか、報道陣の数は減っていた。

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