「1つの空間を2人に販売している」

ニー・ディフェンダーを発明したアイラ・ゴールドマン(彼のウェブサイトは騒動後にページビューが500倍に跳ね上がった)は、問題をこう簡潔に分析している。「航空会社は、Aに足を伸ばす空間を売る。Aの前の席のBには背もたれをリクライニングする空間を売る。つまり彼らは、一つの同じ空間を2人の人間に売っているのだ」。

そんなことをしていいのだろうか。

法律はこの点に関して沈黙している。連邦航空局(FAA)は2018年に航空機内の座席規制を求める要望を却下し、各社に委ねた。そこで航空会社は、どの便でも同じ空間を二度売るという荒技に出る。

彼らには戦略的曖昧さという秘密兵器があった。これは要するに、くさび形のリクライニング空間の所有権を意図的にぼやかしておくという高度な技である。

ほとんどの航空会社はルールを決めている。リクライニング・ボタンが付いている席の乗客は、リクライニングしてよい。しかしそのことをわざわざはっきり言ったりはしない。客室乗務員はリクライニングできますなどとアナウンスしないし、よほどのことがない限りリクライニングをやめてくださいとも言わない。

航空会社はわざと曖昧にしている

この曖昧さは、航空会社にとって好ましい方向に働く。というのも、所有権がどうなっているのかはっきりしない場合(そういうケースは読者が思うより多い)、乗客は常識に従い礼儀正しくふるまうからだ。

航空会社は長い間このエチケットを頼りにリクライニング空間に関する曖昧さを浸透させてきた。デルタ航空のバスティアンが支持したのもまさにこれである。要するに航空会社は争いの決着を乗客に任せたわけだ。

マイケル・ヘラー、ジェームズ・ザルツマン『Mine! 私たちを支配する「所有」のルール』(早川書房)
マイケル・ヘラー、ジェームズ・ザルツマン『Mine! 私たちを支配する「所有」のルール』(早川書房)

そこで乗客は、日々繰り返されるちょっとした小競り合い、たとえば共有のアームレスト上で肘があたった場合や頭上の荷物棚に収まりきらない場合などに、うまく決着をつけなければならなくなった。こうした場合に金銭で決着をつけることはまずない(それでもある調査によると、後ろの客に飲み物かスナックをおごってもらった場合、前の客の4分の3はリクライニングを控えるという)。

航空会社がシートピッチを詰めるにつれて、リクライニング空間を巡る暗黙のルールはたびたび破られるようになる。空間がどちらのものかについて共通の理解が存在しなくなり、空間の希少性が高まったことも相俟って見解の相違が鮮明になると、相手の見方はとうてい容認できないと双方が考えるようになった。