「ボタンが付いているから許容されている」

こうした出来事が起こるたびにネット社会は盛り上がり、ひとりよがりの意見が飛び交う。誰もが自分こそは正しいルールを知っていると確信しているらしい。人気のトーク番組のホストを務めるエレン・デジェネレスは、リクライニング側に同情的だ。「誰かの座席を押していいのは、自分の膝が先に押されたときだけよ」。デルタ航空のCEOエドワード・バスティアンは反対の立場である。

「望ましいのはリクライニングしていいか、事前に相手に聞くことだ」という。たしかにウィリアムズは事前に確認しなかった。

では、いったい誰が正しいのか?

ウィリアムズの言い分は単純そのものだ。自分の座席のアームレストには押ボタンが付いており、リクライニングできるようになっている。よって、自分の座席には背もたれを傾けるだけのスペースが許容されている。だからリクライニングのための空間は自分のものだというのだ。

この主張の根拠は「付属」である。「あきらかに自分のものとわかっているものに付属するものはすべて自分のものだ」というこの言い分は古くから申し立てられてきたものの一つであり、数千年昔まで遡ることができる。

「荷物棚から足元までの垂直空間は自分のもの」

一方のビーチの言い分も「自分のものに付属するもの」ではあるが、ウィリアムズとは違う形だった。彼が拠りどころにしたのは、中世イングランドに伝わる「土地の所有権は、上は天国、下は地獄までおよぶ」という格言である。

ビーチは、自分の座席の背もたれと前の座席の背もたれの間の垂直空間は、上部の荷物棚からカーペットの敷かれた足元にいたるまですべて自分の領域だと考えた。よって、この領域を侵すものは何であれ不法侵入であり、秩序を乱す闖入者である。

付属という根拠は、読者は聞いたことがないかもしれないが、じつはいたるところで耳にする。テキサスの土地所有者が地下に埋まっていた石油やガスを採掘できるのも、農場主が地下水を汲み上げてセントラルバレー一帯の地盤沈下を引き起こすのも、アラスカ州がベーリング海での漁獲量を制限するのも、この理屈に依拠している。「付属している」と主張することによって、二次元の座席や土地や領土が、三次元空間で希少資源を支配することになる。

だがビーチやウィリアムズの騒ぎで主張されたのはそれだけではない。どのフライトでも離陸時には座席の背もたれが「完全にまっすぐな位置に固定」してあるか、客室乗務員が見て回って確認する。その時点では、ビーチは自分の前の空間を独り占めすることができた。そして彼は先に固定具を取り付けた。