「アホ、ボケ、カス」も今は微妙な表現

言葉は生き物だ。時代や社会が変われば、私たちが日ごろ用いる言葉も変わる。となればとうぜん、表現の許容範囲も変わる。

「アホ」「ボケ」「カス」という言葉はかつてセーフだった。でもいまは微妙だ。公然と発すれば侮辱として責任を問われるおそれがある。

僕はSNSで時として激しい言葉で相手を糾弾することがある。自分にとって悪質なデマを振りまくような相手、特にメディアやメディアを通じて発信している公人・準公人などには容赦しない。

ただし、アウト、セーフの境界はつねに冷静に見定めている。激しい物言いをする際には、なおのこと言葉選びに慎重を期す。

でも以前、こんな想定外のケースを経験した。

ある国会議員がSNSで僕の人格を弄ぶようなことを言った。その発言はとうてい容認できるものではない。僕はその人物を痛烈に非難した。すると今度は僕に関する根も葉もない事実を示し、嘲るように牽制してきたのである。

その人物は多くのフォロワーを擁していた。つまり国会議員であると同時にSNSにおいて一定の影響力を持っている。となれば、その事実無根の発言はなおさら看過できない。そこで僕は法的措置に踏み切った。相手を名誉毀損で提訴し、慰謝料500万円の支払いを求めたのだ。

裁判所がくだした「予想外の判決」

ところが結局、僕の訴えは認められなかった。裁判所から請求棄却の判決を下されたのである。それはなぜか。その判決に至る裁判所の見解は、思いもかけないものだった。ポイントになったのは第1審での次のような見解である。

たしかに被告(相手)のその発言は名誉毀損に該当する。でもその前段となった原告(橋下)の発言にも、被告に対する蔑みと挑発が認められる。原告は自身のその発言によって、被告が悪感情を抱くだろうことは事前に容易に想像できたはずだ。

となると、原告は自身のその発言をした時点で、相手から逆に名誉毀損や侮辱にあたるような反論を受ける危険性をあらかじめ承知し、引き受けていたと見なせる。

――それが裁判所のおもだった見解だった。

つまり、自分の行為が招く危険性を十分認識していたにもかかわらず、あえてその行為を実行したのだから、たとえ結果的に損害をこうむったとしても相手の名誉毀損的行為は違法視されない、ということだ。

こうした法概念を「危険の引き受けの法理」と呼ぶ。