「パーパスおじさん」は冷めた目で見られている
話をパーパスの浸透に戻しましょう。
ここで、ある興味深い研究結果をご紹介します。ハーバード・ビジネススクールのジョージ・セラフェイム教授による、ROAとパーパスの関係についての研究です。
ROAとはReturn On Assetの頭文字を取ったもので、「総資産利益率」などと訳されています。投下された資本に対してどのくらいの利益が得られたかを示す指標で、企業の収益性の高さだと考えてもらえばいいでしょう。
セラフェイム教授の研究によれば、企業のミドル層がパーパスを繰り返し口にすればするほど、ROA、つまり企業の収益性は高くなるというのです。
一方、トップ層に関しては、パーパスとROAにはほとんど相関がありませんでした。つまり、トップがいくらパーパスを連呼しても、収益性向上にはつながらないということです。
この結果には驚きました。アメリカのようなトップダウンの国ならば、トップの熱意さえあればパーパスが浸透し、経営結果にも表れると考えていたからです。
やはり、面従腹背はどの国にもあるものです。いわんや日本では、この傾向はもっと顕著ではないでしょうか。
トップが毎日のようにパーパスを連呼するのを、社員はさめた目で見ている、という企業の話も聞きます。そんな「パーパスおじさん」「パーパスおばさん」だけでは企業は変わらない、ということです。
そう、日本でもアメリカでも、パーパス浸透のカギを握るのはミドル層だということです。私がこれまで何度も「カギを握るのはミドル層だ」と言ってきたのは、このためです。
今こそ「日本企業の強み」を見直すべき
ではなぜ、ミドル層がパーパスを繰り返し口にすれば収益性が上がるのに、トップだと上がらないのでしょうか。
トップと現場との間には相当な距離があります。そのため、トップの言葉はなかなか現場に浸透しません。また、現場の言葉はトップに届きにくいのが現実です。
だからこそ、その中間に立つミドルがトップの声を自分の言葉としてメンバーに伝え、そしてまたメンバーの声を吸い上げることで、全社的な意思疎通が可能になるということです。
これはまさに、一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏が提唱する「ミドル・アップダウン」そのものです。
野中氏と竹内弘高氏(現国際基督教大学理事長)は、共著『知識創造企業』(東洋経済新報社、1996年)の中で、個人間、組織間の相互作用によって暗黙知から形式知を生み出す、日本企業独自の知識創造のプロセスを明らかにしています。そこに出てくるのがこの「ミドル・アップダウン」という概念です。
組織の中間層が主体となって企業を動かしていくというこの仕組みは、日本企業の強みとして紹介されたのですが、今まさにそれが見直されていると言っていいでしょう。