九州北部豪雨では阿蘇地方で土砂災害が多発し、熊本市街地でも中心部を流れる白川の水位が12日早朝4時半から6時半までの2時間で4メートル上昇、10時半には氾濫危険水位を1.32メートル上回る6.32メートルを記録した。市、消防団、自衛隊、国は共同して1700袋の土嚢を総延長1.4キロメートルにわたって積んでいる。白川は増水時に市街地よりも高い場所を流れており、過去の浸水記録に従えば熊本市庁舎が3メートル以上の高さで浸水する恐れもあった。

そんななか、現場で防災対応に当たっていた白川出張所の阿部成二所長は、次のような光景を見た。

「12日の朝、白川では堤防すれすれまで水位が上がっていました。そうした状況の川というのは、水流の関係で川の真ん中が盛り上がって見えるんです」

すでに市内では雨がやんでいたが、上流から流れてくる水はまだ減っておらず、水位は少しずつ上昇していた。

「ところが熊本市街地は通勤のピークを迎えて道が渋滞している。堤防があるので道から川は見えません。多くの人たちが橋を渡るときになって、初めて白川の様子に気付いて驚いていました。それを見ながら、何とも恐ろしい気がしました。あの雲がもう少し南に移動していたら、どんなことが起こっていたか――」

「雨の降り方」が変われば、発生する災害のあり方も当然変わることになる。だが、とりわけ都市部では水害に対する意識が、現場を担う彼らの懸念とはかけ離れたところにあるのも事実だろう。その意味で阿部所長が見た光景は、今後の豪雨災害に備えるに当たっての課題の多さを浮き彫りにするものでもあった。

ならば災害対応や防災を行う国や自治体は、どのような災害を「想定」していけばいいのか。3.11を経て2年連続の記録的水害が残していったのは、これまでの「記録」や「記憶」にとらわれない発想こそが、そこに求められているという教訓であるに違いない。

※すべて雑誌掲載当時