財布の紐を握る女性の声を聞け!

――消費者の声を吸い上げて聞くとき、何か工夫されたことはありますか。調査やグループインタビューとかは当然やると思うのですが、そこで工夫したとか、あるいは、まったく違うやり方をしたとかはありましたでしょうか。

【竹内】 今回は女性の意見をよく聞きました。車を買うときに、財布を握っているのは奥さんだったりします。女性の方って極めて実利的ですよね。ですからお父さんが欲しいと言っても、奥さんたちの目に適う商品でないと、よほどのスペシャリティカーでないと購買行動にはいかないのです。ですから、次に何を期待するのかインプレッサの女性のお客さまに聞きました。私もディーラーさんに出掛けて主婦の方に話を聞くと、極めて実利的でピンと来るんです。車の開発段階でも、そういう実利的な人たちに響くような商品力や説明ができるアイテムが織り込まれているかというのを、常に意識して市場調査をしています。

――聞き方で工夫した点はありますか。花王の方に話を聞くと、ものすごく工夫している。マスの商品を開発するときに、あえて突出したユニークな人に聞くそうです。たとえばアンチエイジングのクリームがあるとすると、身内がすごい長寿ばかりの人とか、逆に本当は若いのに病気で若々しくない人など。そういう人たちに聞くと、思わぬヒントが出てくるそうです。そういった意味で、通常とは違う方法は何かなさいましたか。

【竹内】 ディーラーさんに出かけて話を聞くなんていうのは、あまりほかの開発者はやっていないのではないでしょうか。プロジェクトメンバーが日本全国に出かけまして。北海道へ行ったり、大阪へ行ったり、ときには帰省を兼ねて。とにかくお客さまの話を、プロジェクトメンバーみんなで聞こうということにして、企画する人だけではなく、とくに設計メンバーに。

――それはおもしろい工夫ですね。

【竹内】 ですから、設計メンバーには「1本の線の意味を考えて引け」と言っているんです。この線を引くときに、あのディーラーさんで言われたあの奥さんの顔、それを思って引いたか、と。そうすると設計が生きてくるんです。「あのときに言われたのは、ここのことなので、ここであと5ミリ頑張ることが絶対必要だと思うんですよ、竹内さん」というふうに。

自分もお客さんの中の1人だということも自覚しなくてはいけない。また自分のやっていることが世間でどう見られているのかを体験するためにも、お客さまと接することは非常に大事です。

アメリカのお客さまに話を聞いたときのことです。大型スーパーで買い物したものを車に載せますよね。容積が何リッターある、先代より何%増えたとか話すよりも、カート2つ分の容積が入る荷室が特徴ですという言い方をすると、ほとんどのお客さまが「おお、すごい」とすぐ理解する。米国の販社にプレゼンテーションするときも、そういった実体験に基づいたベネフィットのほうが彼らもグッと乗り出してきます。

――何カ月も待つオーダーですよね。注文をする人たちは、実際に車に乗っている人ばかりではない。どんな車か体験していない状況で、なぜそんなに売れるのでしょうか。安い買い物なら経験していなくても口コミで売れることもあると思いますが、しかし自動車は高い買い物です。発売されて間もない段階で、ここまで売れるというのは、やはり評判なのでしょうか。

【竹内】 スバルでは、口コミのお客さまが多い傾向はあります。今回はさらに見た瞬間に、その車の醸し出す雰囲気が伝わるわかりやすい商品ですので。非常に魅力が高まった点が、お客さまの期待感を維持しているところがあります。

――見た瞬間というと、たとえばどうわかるのでしょう。

【竹内】 5ドアはスタイリッシュだけれども実用性を感じない商品だったのが今までとすると、今回はモノが積めそうな5ドアという商品に、デザイン面からもそうしていますね。荷室の床面が低いので、ちょっと背の高いものでも積めるなど、これは使えそうだと見ていただくことができた。わかりやすさとは、単なるカッコよさだけでなく、積めそうだとか、安全そうだとか、燃費がよさそうとか。そこが第一のステップで、さらに乗っていただければもう大丈夫ですという、走りの安心感を訴えるようにしたのが、待っていただけているポイントじゃないかなと思います。

――本日はありがとうございました。

 <インタビューを終えて>

 今回、インプレッサのお話を聞きながら、改めてマーケティングの魅力と面白さを感じることができた。新車の開発において、しっかりと顧客視点に立ち、それを支えるSGMのような適切な組織を構築すれば、大ヒットという大きな成果が導かれるのだ。

開発リーダーを担当した竹内さんは、同じ車種の先代モデルの開発も担当している。だが、先代では満足のゆく成果が得られなかった。「無我夢中、暗中模索でした。既存の組織がある中へ、私がそのまま浸かってしまったような仕事の進め方。全体を見る余裕がありませんでした」と本人が振り返っているように、先代モデルでは、おそらくマーケティング発想を抱く余裕などはなかったものと思われる。反省を重ね、知恵を絞り、今回のモデルでは成功に結び付いた。

私は大学の学部や大学院でマーケティングを教えているが、竹内さんの経験は、まさにマーケティングの重要性を証明しているように感じる。もちろん簡単なことではないが、マーケティングは学ぶことができ、それによって組織を成長へと導くことができるのだ。(恩蔵)

(聞き手=恩蔵直人、プレジデントオンライン編集部 構成=プレジデントオンライン編集部)