日本の賃金は1990年から上がっていない

2021年10月に岸田文雄政権が発足し、「成長よりも分配」と言い出して間もなく、世間に広まったグラフがある。日本の実質賃金が上がっていない、というグラフである。図表1に見るように、1990年から日本の賃金は上がっていない。

一方、アメリカはもちろん、ドイツもイギリスもフランスも上がっている。韓国の賃金は上昇して日本を追い抜いている。これらの賃金は、フルタイムで働いた場合に換算した実質購買力平価(2022年購買力平価ドル)での実質賃金だ。

購買力平価とは、変動の大きい為替レートと違って本当の生活水準を表すものだ。日本とイタリアは1990年以降、ほとんど賃金が上がっていない。賃金が上がらないのは、企業が利益をため込んで労働者に還元しないからだという人もいるかもしれない。

しかし、すべての賃金とすべての利潤を合計したものであるGDP(正確に言うと、すべての賃金とすべての利潤を足したものは国民所得で、GDPはこれにさらに資本減耗を足したものだが、国際比較に便利なGDPを用いた)で見ても、日本の1人当たり実質GDPは他の国と比べてやはり伸びていない。それを示したのが、図表2と図表3である。

日本が成長できないのは「成熟している」からか

図を2つに分けたのは、国の数が多すぎるとグラフが分からなくなってしまうからだ。図表2は主要先進国(国の数が多いと分かりにくくなってしまうのでカナダを除いている)、図表3はアジアの先進国を示している(参照のため、アメリカと日本も示している)。

1人当たり実質購買力平価GDPは、実質賃金と同じように、アメリカはもちろん、ドイツもイギリスもフランスも上がっている。イタリアは上がっていないが、台湾も韓国も日本を追い抜いている。図が分かりにくくなるので示していないが、シンガポールは、日本どころかアメリカをも1990年代初めから追い抜いており、2023年で10.9万ドルである(2017年購買力平価ドル)。

2023年で、アメリカの1人当たり実質購買力平価GDPは、日本よりも54%も高い。ドイツは27%、フランスは13%、イギリスは9%、イタリアは4%日本より高い。また台湾は39%、韓国は9%日本より高い。つまり、日本人の賃金が伸びないのは、そもそも利潤も賃金も両方、伸びていないからだ。

これに関して2022年4月21日、テレビ朝日系の報道番組で、著名なエコノミストが「日本は成熟しているから(成長できなくても)仕方がない」と発言したのに対し、コメンテイターの玉川徹氏が「ヨーロッパも成熟しているが、なぜ成長できないのか」と尋ねたところ、高名なエコノミスト氏は何も答えられなかった。