八嶋智人よ、ありがとう
タイムスリップした市郎が令和で出逢って恋をするのが、テレビ局勤務でシングルマザー(になった)犬島渚。仲里依紗が令和の憂いを携えて演じているが、阿部とは「恋する母たち」でも恋仲の役どころだったので、相性がいいイメージもある。相性がいいどころか、どうやら市郎とは別の意味で濃い縁があるようで。
劇中で唯一、二役演じるのが磯村勇斗だ。昭和ではマッチが好きなムッチ先輩こと秋津睦実役、令和ではその息子である秋津真彦役。昭和では真剣さが逆に道化に見えるおいしい役だし、令和ではスマートなバランサーとして市郎を支える重要な役どころだ。歌も含めて技量の確かな座組には絶大な安定感がある。
また、ケーシー高峰風のMCズッキーを演じたロバート秋山、事なかれ主義のプロデューサー役の山本耕史、インティマシーコーディネーター役のトリンドル玲奈も説得力があった。
たとえ脇でもゲストでも、説得力のあるキャスティングはドラマの要。制作陣のセンスと矜持がとわれるところだ。演技というか、本人の人柄と人徳のなせる業をうっかり披露した八嶋智人も最高。テレビ局がひそかに芸能人を格付けしている公然の秘密を確認させてくれてありがとう。
毒に込められた深いメッセージ
各話タイトルが疑問形なので「ふぞろいの林檎たち」を思い出す。山田太一オマージュと勝手に思いを重ねている。
毎回のミュージカルシーンが苦手な人もいると聞くが、あれはあれで重要だ。セリフだと説教くさくなる内容を歌詞にのせる。ちあきなおみ、尾崎豊、矢沢永吉、QUEEN、シュガー……名曲をちょいアレンジで端的に表現すると、重さやウザさを和らげる効果がある。うまいんだよね、アレンジが。
また、昭和と令和の場面転換が流れるようにスムースで身悶える。長回しワンカット信奉でもなく、無駄なコマ切り編集でもない。小気味よくテンポをキープしながら、絶妙に意味を関連させていく妙。異なる時空とシチュエーションがちゃんとつながっていく気持ちよさはクセになる。うまいんだよね、スイッチが。
私が愛してやまないのは劇中に仕込まれた毒だ。令和のモラルに対して「そんなんだから時給は上がんないし、景気悪いんじゃないの?」「挙句の果てにロボットに仕事とられて」と吐き捨てる市郎。哀しい現実にぐうの音も出ない。
昭和から継続して若い女性を売るヒットメーカーの秋元康には「地獄に堕ちるな」と敬意を込め、近藤真彦の曲名を性的なセリフに多用することで帝国の終焉を暗に込めた。
マッチが好きなムッチ先輩は「BANZAI~」と歌いながら純子の服を脱がせたものの、一線を越えることができず「俺の愚か者がギンギラギンにならない……」と呟いたりで、ああ、時代は変わった、自由になったのだと痛感した。
右へならえの良識に釘を刺し、働く人の本懐に触れた1・2話、斜陽産業となったテレビ業界の自虐を詰め込んだ3・4話。中盤ではどんな毒と皮肉がまぶされてくるか。
クドカンが描く親子モノはかなりの確率で泣かされるので心しておかねば。