「原作が改編された」と言っているのは第三者だけ

日本テレビも芦原さんの追悼文で下記のように述べている。

日本テレビは映像化の提案に際し、原作代理人である小学館を通じて原作者である芦原さんのご意見をいただきながら脚本制作作業の話し合いを重ね、最終的に許諾をいただけた脚本を決定原稿とし、放送しております。

この文章は「責任逃れ」と見なされて批判されている。追悼文でこれに言及することが適切だったのかという疑問が残るのは事実だが、いまにして思うと、日本テレビは世の中に流布している誤解を訂正しようという意図があったのではないかと思わせられる。

完成版について「原作者の意向が無視された」「原作者の意図しない形に脚本が改編された」と言っているのは、ドラマ制作に直接関係していない第三者であり、当事者の誰もそんなことは言っていない。

これに異論がある方は、先入観を取り払って、芦原さんを含む関係者の発言を辿り直してみていただきたい。

「原作をそのまま映像化する」のは不可能

ドラマ制作の過程で、様々な摩擦があったことは、芦原さんのブログでも語られていた。しかし、これは実写化の過程で必然的に起きてしまうものだ。

原作者は原作の世界観を大切にしたい。ドラマの制作者はヒットする(テレビドラマの場合は視聴率が稼げる)作品を作りたい。放映時間や放映回数も決まっている。視聴者の離脱を防ぐために、CMタイムや一話ごとの終わりに盛り上がりを作る必要もある。しかも、ドラマの制作には多くの人がかかわっており、スケジュール、キャスト、予算の制約もある。スポンサーへの配慮も必要だ。「原作をそのまま映像化する」というのは不可能だ。

テレビカメラを抱えて撮影するカメラマン
写真=iStock.com/pixinoo
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だからこそ、原作者とドラマ制作側で摩擦や衝突が起きてしまう。様々な利害を調整して、プロジェクト推進を行い、映像作品として形にしていくのがプロデューサーだ。プロデューサーは責任者ではあるが、決して「絶対権力者」ではない。