高齢者は「聞く」ことに認知能力を多く割く

情報劣化仮説

情報劣化仮説では、聴覚が障害されると、聴覚から得られる情報が欠け、それによって処理しなければならない情報が増えると考える。

多くの研究が示すように、私たちの記憶と認知能力には限りがある。特定の時間集中したり、記憶したり、使用できる情報の量には上限があるとされているので、騒音のある環境や、難聴などで音声の質が低くなると、理解するために必要な「聞く努力」が増加する。

このため、ほかの認知機能に使うはずだった能力が、努力して聞く作業に使われるようになる。結果として、認知リソース(資源)が使い果たされ、全体的な認知機能に悪影響をおよぼす可能性が生じる。

実際に、高齢者は若者よりも「聞く」ことに多くの労力を使うことが知られており、さらに、聞きとりが困難になるほど、その要求に対処するためにさらなる認知的な資源が必要となり、ほかのことを認知するためのリソースが不足するのである。補聴器を使うことで、聴覚は改善され、認知的な負荷を軽減する効果があるとの研究結果も報告されている。

補聴器を持つ男性医師の手の接写
写真=iStock.com/Pablo Echazarreta
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難聴は脳の皮質に影響を与える

感覚遮断仮説

感覚遮断仮説は、加齢性難聴によって長期間にわたり聴覚が剝奪はくだつされると、認知機能の低下が引き起こされるという考えである。具体的には、長期にわたる感覚の遮断が、代償としての大脳皮質の再編成を引き起こし、聴覚に使用されていた認知・情動プロセスが妨げられるとするものである。

実際に、加齢性難聴の状態では、音声を認識する際に前頭葉への依存が増加し、聴覚皮質の灰白質かいはくしつが減少するといった、脳の皮質の変化が観察されることもある。これらの変化が感覚遮断仮説を支持する証拠とされている。

さらに、研究者たちはこの仮説を発展させ、感覚の遮断が直接的に認知機能に影響を与えるだけでなく、社会的孤立やコミュニケーションの低下、抑うつ症状の増加などを通じて、認知機能に間接的に影響をおよぼす可能性もあると報告している。

人口の高齢化が急速に進むなか、難聴と認知機能の低下がQOL(生活の質)におよぼす影響は、かつてないほど重大な問題である。難聴が神経におよぼす影響や、大脳皮質の再編成と認知機能低下との因果関係に関する研究は、将来の治療戦略に有益な情報となる。

難聴と認知機能低下の関連性の根底にある潜在的なメカニズムを明らかにすることで、加齢性難聴と同時に観察される、認知機能低下を緩和するための有効な手段を、見出すことができるかもしれない。