「難聴」は高齢者の生活にどのような影響を及ぼすのか。東京慈恵会医科大学講師の栗原渉さんは「耳が遠くなると社会的な交流を避けるようになる。その結果、転倒だけでなく、認知症やうつ病の発症リスクが高まる」という――。
※本稿は、小島博己編『耳は悩んでいる』(岩波新書)の一部を再編集したものです。
難聴は認知症の最大のリスク
認知症は、脳の神経細胞の働きが悪くなり、記憶や判断力などの認知機能が低下する状態で、社会生活に影響を与える疾患だとされる。高齢化が進むなかで、厚生労働省の発表によると、65歳以上の高齢者では約7人に1人が認知症であり、年齢が上がるほど発症する可能性も高まる。
また、認知症の前段階とされる軽度認知障害を加えると65歳以上の約4人に1人に認知障害があるということになり、認知症の人の数は増え続けると予想されている。
認知症に関しては、権威ある認知症の専門家からなるthe Lancet Commissionが、体系的な文献の解析を行い、その結果を2020年に発表している。
この報告では、認知症に関連する12のリスク要因である「教育」「難聴」「高血圧」「肥満」「喫煙」「うつ病」「社会的孤立」「運動不足」「糖尿病」「過度の飲酒」「頭部外傷」「大気汚染」を改善することで、認知症の発症を遅らせ、発症を約40パーセント予防する効果が期待できるとしている(Livingstonほか)。
そして、この12のリスク因子のなかで中年期(45〜65歳)における難聴の存在が、最も影響が大きく、認知症の発症リスクを1.9倍高めるとされている。また、難聴が10デシベル(㏈)悪化するごとに認知症の発症リスクが増加することも示された。
一方、複数の研究から、補聴器を適切に使用することで認知機能の悪化を抑制できる可能性も示されており、今後、認知症診療において耳鼻咽喉科医が積極的にかかわっていくことが重要になると考えられる。