耳が悪くなると社会的交流を避けるようになる

加齢による聴力の低下は、一般的に高音域から始まる。40代のうちはあまり自覚することはないが、60代になると「軽度難聴」レベルまで聴力が低下する音域が増え、きこえが悪くなったと感じる人が急激に増えてくる。さらに70歳をこえるとほとんどの音域の聴力が「軽度難聴」から「中等度難聴」レベルまで低下し、65〜74歳では3人に1人、75歳以上では約半数が難聴に悩んでいるといわれている

こうした加齢性難聴患者は、ことばを理解するのに困難を感じ、コミュニケーションや社会生活に支障をきたすようになる。さらに、聞きとりが難しくなることで、高齢者は社会的な交流を避け、孤独感やうつ病を悪化させ、幸福感を低下させる可能性がある。

では、難聴はどのように認知機能に影響を与えるのだろうか。前に述べたように難聴が認知機能低下のリスク要因であるという妥当な証拠は示されているが、難聴と認知症の間に起こりうる根本的なメカニズムや因果関係については、まだ明らかになっていない。ただし、この因果関係には複数の研究成果から、共通原因仮説、情報劣化仮説、感覚遮断仮説という三つの有力な仮説がある(Sladeほか)。

「加齢が脳機能に影響を及ぼす」という説

共通原因仮説

共通原因仮説は脳における神経細胞の障害が、認知機能低下と加齢性難聴の両方を引き起こしている、とする考えである。高齢者ではいくつかの知覚・認知領域において、並行的に変化が起こることが知られている。例えば、認知機能の低下と視力の低下が並行的に起こっていくという現象がある。

加えて、加齢と加齢性難聴の両方で脳の萎縮が観察されるという事実は、生物学的な加齢が広範な脳機能に影響をおよぼすものであることを示唆している。