「スナック」発祥の地

サラリーマンの月給の平均が1万6000円ほどの時代。大学を卒業したばかりの柴田さんには現実的でない額だった。

「『だったら、月々2万円でいい』って言われて。それでも無理だって言ったら、『じゃあ1万円だけ払え。残りの1万円は俺が店で飲んでやるから』って。それで登記簿謄本をもらっちゃった。で、遊廓からスナックに転業したひとつ目の店だから、『トップ』って名前にして、お店を開いたんだよ」(中略)

「突風」の柴田秀勝氏 営業時間19:00~23:00(出典=『ルポ 日本異界地図』より)
「突風」の柴田秀勝氏 営業時間19:00~23:00(出典=『ルポ 日本異界地図』より)

柴田さんは、あとに続く人たちのために、知る限りの街の歴史を書き溜ている。それは今後も街を維持管理していくためであり、ひいては街を守っていくためだ。いわく、「スナック」という業態もゴールデン街が発祥の地のひとつであるという。

「戦後の1回目の東京オリンピックのとき、外国の人がこぞって東京に来るというんで、初めて規制が始まったの。カウンター越しのお客さんと話をすることは接待に入る。つまり、風俗営業に入る。それはダメだと。そうして、当時、許可されたのは、カウンターの客側と内側を仕切る境をつけなさいというもの。その仕切りの下の部分だけは開けて、丼は出せるようにしてよいと。

でも、そんなの冗談じゃない。『俺たちに死ねって言ってるのか』ってことで組合が反発して食事を主にした店だけは許可された。だから、お店を改装して食堂ということにして商売をした。さらに、オリンピックが終わるとお酒を出してもよいことになった。ほかの県でも同じことはあっただろうけど、これがスナックの始まりよ。だから、ゴールデン街は全部、飲食店許可での営業なんです」

ヤクザが取る「みかじめ料」がない

ゴールデン街の歴史は行政とのかかわりの歴史でもあったが、組合が街を守るという点では、もうひとつ、ゴールデン街には特徴的な歴史がある。

国土地理院が2009年4月27日に東京都新宿区で航空写真を撮影(写真=国土地理院/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)
国土地理院が2009年4月27日に東京都新宿区で撮影した航空写真(写真=国土地理院/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

「この街には昔からヤクザが取るみかじめ料がない。うちは会員制にしてヤクザのお客さんを入れないようにしてるけど、会員制じゃない店には出入りすることもあんの。

そういう話を持ってくる人には、『どうぞ組合に行ってください』と言ってもらうようにしてる。それで、わざわざ組合にヤクザが訪ねてきたということもない。まあ、こんなとこ相手にしても、たいした金が入ってくるわけでもないしね。新宿にはキャバレーだってクラブだって掃いて捨てるほどあったわけだから」