文化人が集まるようになったきっかけ

しかし、非合法売春で栄えた時期はそう長くはなかった。1958(昭和33)年に売春防止法が施行され、青線営業を行っていた店舗は廃業。その後は飲み屋が密集する地域となり、現在の姿に近いゴールデン街の土壌ができあがっていった。

2022年3月に新たに設置された新宿ゴールデン街ゲート看板(写真=菊竹若狭/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
2022年3月に新たに設置された新宿ゴールデン街ゲート看板(写真=菊竹若狭/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

外波山さんが上京したのは、その10年後だ。

「そのころ、映画界では松竹ヌーヴェルヴァーグが興って、演劇界ではアングラ演劇が生まれて。新宿にもシアターや小劇場ができてくる。その流れで映画人、演劇人、あるいは文壇の人も新宿で飲むようになり始めた。野坂昭如さん、長部日出雄さん、大島渚さん、若松孝二さん……挙げるとキリがないですけど。そういういろんな文化人がゴールデン街で飲み出して、それまでいかがわしい街という感じだったものが、知る人ぞ知る飲み屋街になっていく」

そんな文化人が集まる界隈だったゴールデン街では、そこで生まれた人脈や作品も多かった。

「クラクラ」の外波山文明氏 営業時間19:00~2:00(出典=『ルポ 日本異界地図』より)
「クラクラ」の外波山文明氏 営業時間19:00~2:00(出典=『ルポ 日本異界地図』より)

「それこそ『竜馬暗殺』は、ゴールデン街の仲間で集まってつくったような映画ですからね。舞台の『かなかぬち』もそうですよ(中略)」

酒の席でした口約束を守るために、あとから資金繰りや段取りを調整して帳尻を合わせていく。

「そんな土壌がゴールデン街にはありましたね」と外波山さんは懐かしむ。

「ここは人と人がつながる場であり、交差点みたいなところです。面白い人間が集まっていて、そこに誰かが火をつけてあげれば、ボンと燃え上がる。いまはそんなこともだいぶ少なくなってますけど、そういう時代があって、そこから生まれた作品がある。それは伝えていきたいと思っています」

76万円で土地と建物が買えた

「電信柱に76万で土地も建物も買えるって書いてあってさ。面白そうだから覗いたら、その店の親父さんがひとりで座っててね。『なんだ、冷やかしか?』って」

マジンガーZ』のあしゅら男爵、『NARUTO -ナルト-』の3代目火影ほか多数の作品に出演するベテラン声優・柴田秀勝さんが営む会員制バー「突風」。1958(昭和33)年にオープンした古参だ。

店内の雰囲気は朗らかで、その日もカウンターは満員。口々に映像作品の話題が飛び交うなかを通り、2階に案内していただいた。

「売春防止法ができてから、遊廓でさんざん儲けていた店主たちは、いまさらこんなところで商売ができないからって出払っちゃった。そんなとき、ちょうど大学の卒業式の日に友人と一緒に偶然通ったのがきっかけでね。その親父さんに『土地を買え』って言われたけど、当時は76万なんて大金だよ」